部誌11 | ナノ


わたくしごと



 こんな安い酒場には、珍しい客だな。白スーツが悪目立ちしてるぞ、オニーサン。
 まぁ、ここで会ったのも何かの縁だ。1杯奢るからさ。酔っ払いの昔話を聞いてくれないか。


 もう20年は前の話だ。俺は“仕事”で、とある商会に潜入していた。その商会は、俺の雇い主の商売敵に金を流しているって噂があるところでな。俺の役目は、噂の証拠を掴むことだった。
 穏やかじゃないって? ハハッ、そうだな。潜入捜査なんて、どっかのB級映画みたいな話だ。まぁ、いいじゃねぇか。どうせ酔っ払いの昔話だ。そう固くならずに聞いてくれよ。

 えーと、どこまで話したっけ……そうそう、商会はそれなりに大きかった。といっても、テイワズのような大所帯には程遠い。従業員の数は覚えていないが、200かそこらだったと思う。拠点はアーブラウ。扱っていたのは、機械製品。主力は工業用MWだったかな。で、武器弾薬。ヒューマンデブリまでは手を伸ばしてなかったが、まぁ“叩けば埃が出る仕事”には手を染めていた。
 そんな商会の経理部に、“彼女”がいた。淡い金髪にグリーンアイの美人だ。へぇ、アンタの知り合いにも、似たような美人がいるのか? 頭のいい女は好きだ。1人で生きていけるようなタフな女なら、もっとだ。
 彼女は……理知的といえばいいのかな。キリッとしたいい女だった。微笑んでいる間は優しげだが、ふっと黙ると冷たそうっていうか、妙に幸薄そうな横顔だった。妙に惹かれた。親近感みたいなものも、勝手に持ってた。でも、裏がありそうな商会で経理やってるより、どこか別の……俺がいうのも変な話だが、こう真っ当な仕事をやってる方が似合いそうだった。
 そうだな。一目惚れだった。“仕事”絡みでロクでもない連中を散々見て、他人どころか自分自身のことすら雑になってたのに。彼女に微笑まれて、優しくされただけで、コロッと惚れていた。
 うん? いーや、うまくはいかなかった。彼女は数ヶ月後に、社長の息子との結婚が決まっていたんだ。そうだよ、数ヶ月後には人妻だ。俺には、奪う勇気の度胸もなかった。立場上、明日生きてる保障もなかったしなぁ。たとえ、その結婚が彼女の本意じゃあなかったとしても……“仕事”にかこつけて、ああだこうだと話しかけるのがやっとだった。

 最初は簡単な“仕事”だと思っていたんだが、なかなか商会の尻尾が掴めなくて。結局、1年くらいかかった。……先にいっておくけど、女恋しさに長引かせたわけじゃないからな。
 ああ、その間に彼女は結婚したよ。社員全員で祝って、片思いしていた男どもの自棄酒に付き合った。何で、あんな野郎が彼女を!? って、どいつもこいつも安酒片手に毒づいてなぁ。寂しいオチだろ?
 それで、だ。予定より少々かかったが、噂の証拠は掴めた。事実だった。その商会は、雇い主の商売敵に金と武器を流していたんだ。
 上司へ報告してからは早かったよ。専門の連中が動いて、あっという間に商会は抑えられた。大半の社員はソッチには関わっていなかったから、すぐに放り出された。けれど、その中に彼女は入っていなかった。
 どうも、一部の連中と一緒に姿をくらませたらしい。彼女が横流しに深く関わっていたかは定かじゃない。ただ単に突入したウチの人間を恐れて逃げたのか、それとも自分のやったことへの罰を恐れて身を隠したのか……どっちなんだろうな。

 何か、暗くなっちまったなぁ。つっても、これからまだ胸糞悪い話になってくんだけど。って、あからさまに面倒臭そうな顔するなよ! いい男が台無しだぞ。
 判った、判った。今夜は俺が全部奢る。何でも好きなものを頼んでくれ。どうせ使うアテもなくなった金だ。アンタの飲み代になった方が、よっぽどマシだろ。

 酒の準備はできたかい? こっちもオーケー。じゃあ、続きだ。

 商会の一件が片付いて、10年ぐらいたった後だ。その間、俺は変わらず“仕事”を続けていた。運よく死なずに済んでいた。少しだが、昇進もした。請け負う“仕事”は、あまり変わらなかった。
 彼女のことは探さなかったのか、って? 探したさ。商売敵がしぶとく生き残ってくれたおかげで、自由に動ける時間は大して多くなかったけど。それでも、できる範囲で探し続けた。まぁ、当然その程度じゃあ見つからなかった。かろうじて掠めた情報は、彼女と似た女を商売敵のナワバリで見かけた……というものだった。
 ひょっとしたら、彼女は同業者だったのかもな。

 ある日のことだ。上層部の1人……まぁ、幹部だな。ソイツが、その商売敵が1枚噛んでるらしい娼館から「子供を1人引き取った」という情報が流れてきた。
 ああ、そうだ。子供だよ。……アンタ、顔つきが変わったな。子供がいるのか? 何人も?それは凄いな! 大事にしてやれよ。俺には、やり方なんて判らないが、きっとアンタなら判るんだろ。護れるなら護ってやってくれ。
 さて、どこまで話したかな。ああ、うん……その情報を知った、ウチの上司は見たこともないくらい慌てていた。
 幹部の性癖は俺達も知っていて、ソイツが専門の娼館やら業者やらを利用していることも把握していた。……頼むから、そんな怖い顔しないでくれよ。アンタみたいな親からしたら、あの野郎を放置してた俺達は極悪人だろうさ。でも、相手は俺達のような下っ端にはどうしようもできない権力者でね。できることといったら、商売敵達にそのネタを利用されないよう立ち回ることぐらいだった。
 だから、まさか幹部自身が商売敵の娼館(身内)から引き取るとまでは予想していなかったんだ。しかも、よくよく調べれば正式に養子に迎えるとまでいっている。
 あの時の上司は見物だった。部隊が全滅しても顔色一つ変えない鉄仮面が、顔面蒼白になってスラング吐いてるんだ。俺達は幹部の杜撰を嘲笑えばいいのか、上司の変わりように怯えればいいのか判らなかった。
 で、だ。汚れ仕事上等な下っ端も「こいつはさすがにヤバい」ってことで、幹部に直接話をしにいった。ウチの部署のトップと、現場の上司と、実働組から2人。その1人が俺だった。
 幹部の屋敷、アレは確か別邸か。とにかく豪華だった。手入れされた庭に、10歳かそこらの子供が大勢いた。皆、似たような服装で、似たような目つきだった。さすがに胸糞悪かった。
 上司2人が階級もクソもあるかって直訴している間、俺ともう1人は部屋の外で待っていた。

 その時だ――子供の1人と目が合った。

 息が止まったことを、はっきりと覚えている。淡い金髪、グリーンアイ。彼女と、瓜二つだった。
 決定的に違ったのは眼だ。妙に見慣れた眼だった。抑えても抑えても溢れるような憎悪と根付いた怯え、慣れに近い反射的な媚。“仕事”で会う連中の眼と同じだった。同業者と、俺達と同じ眼だった。
 しかも、着ている服が他の子供と同じだった。その子が、この屋敷で、あの野郎に何をされているのか理解するのは簡単だった。トドメは、自分の網膜デバイスだ。あの子が例の引き取られた子供だと、反応していた。

 今でも思うんだ。あの時、全部放り投げてあの子を連れて逃げればよかったのか。自分の立場も、あの野郎の権力も、全部無視して連れ出していれば、何か変わったのか。
 ……できるわけないのに、何度も何度も思うんだよ。
 俺はあそこの最下層で、いくらでも替えがきく使い捨ての工作員で。仮に連れて逃げたとしても、あの野郎がその気になればすぐに見つけ出せるし、簡単に殺せる。そうすれば、あの子だって連れ戻される。無事逃げ切ったとしても、あの子に真っ当な生活をさせてやれる保証なんて、どこにもない。俺自身、“仕事”を通してしか、真っ当な生活の真似を知らない。
 相手は、そこのトップの権力者で、金も人脈も武力も腐るほど持っている。正式に養子に迎えられれば、あの野郎にも体面がある。きちんと学校にも通えるだろう。あの野郎が持つ財産だって受け継げる。今はクソみたいな生活でも、10年、20年たてば! きっと他の子供とは比べものにならないような立派な生活ができる!
 クソみたいな言い訳を並び立てて、目をそらした。ずっと、ずっとだ。ずっと、あの時のことを思い出す。一瞬しか見ていないのに、頭の中に染みついて消えないんだ。

 俺は“仕事”に没頭した。あの子が安全に大人になる為には、あの子の過去を知る人間を1人でも減らさなければならないと思った。あの子がいたという店の関係者、その店の経営に関わっていただろう商売敵。1人残らず、消してやろうと思った。
 職場の定期報告で、あの子は士官学校に入学して、友人もできたことを聞いた。少し安心した。

 その後の“仕事”だった。商売敵の本拠地を潰すことができた。情報を抜く為の人間だけを残し、他は全員処分した。10年以上かかった大仕事の決着だった。久方ぶりに、肩の荷が下りたようだった。少し寂しくもあった。
 そこから押収したデータの中に、ある店の顧客リストがあった。アーブラウだけじゃない。SAU、アフリカユニオン、オセアニア連邦もいた。各経済圏の大物の名前が、ごろごろあった。下ろしたはずの荷物が「逃げるな」と圧しかかってきたようだった。同時に、……まだ俺にできることがあったと嬉しくなった。
 仕事柄、各地を飛び回るのは日常だ。潜入している間は、職場との連絡は最低限でいい。潜入先で怪しまれないことが最も重要だからな。疑われない為に、民間人を手にかけることも許容範囲だ。
 ……顔色が悪いなぁ、アンタ。飲み過ぎたか? それとも、俺が気持ち悪いか? ハハッ、だろうなぁ。アンタは真っ当に誰かに惚れて、誰かを護れるタイプみたいだからなぁ。でも、だったら俺の話は聞いておけよ。こんなクソ野郎には、ならないって思ってくれ。
 俺は“仕事”の合間に、顧客リストの人間を殺して回った。時間はかかったよ。あの日からだと、もう15年だ。俺も年をくった。
 潜入に比べれば、暗殺を請け負ったことは少なかったが、技術はあった。結果が目に見える分、今までより気楽だった。ほとんどは自分の手で殺したが、たまには潜入先の奴らをけしかけた。何人か巻き込まれたが、仕方がないと思ったよ。1人を狙うより、周りもまとめて吹っ飛ばした方が楽な時もあった。そこにいたことが不運だったんだ。仕方ないさ。
 けど、それももう終わりだ。最後の1人は、あの子の判断に任せる。どうも2、3年のうちに引き摺り下ろす算段を立ててるようだからな。俺が首を突っ込むのは、野暮ってもんだろ? 

 ロクでもない話を聞かせて悪かったな。このカードには、それなりの金額を入れてるから、好きに使ってくれ。
 ああ、俺はここまでだ。傍流とはいえ身内を狙うのは難しかった。いつ追手がかかるか判らないし、その前に自分のケリをつけるよ。
 ありがとう。名瀬・タービン。俺もアンタのように生きてみたかった。



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