部誌11 | ナノ


郷愁



 レイガストの分厚い刀身が、バムスターの弱点を的確に分断する。倒れたバムスターの破損部から漏れ出るトリオン、その薄緑の燐光が、研ぎ澄まされた冬の夜闇に透けていく。
 烏丸は、その一部始終を見守っていた。ペアになっての防衛任務ではあるが、みょうじの実力はよく知っている。捕獲用のバムスター一体などあの人には役不足で、烏丸が助力する必要もない。
 本部に残骸の回収を依頼したら、また巡回に戻るだけだ。既に日常に組み込まれた職務、恐れず、焦らず、油断せず、淡々とこなすのみ。いちいち心を揺らすほどの特別な事態ではないはずだ。けれど、武器を右手に携え佇むみょうじは、トリオンの淡い光に照らされた顔を強ばらせ、機能を停止したバムスターの腹へレイガストを滑らせた。
 トリオン量の多い人間を捕獲する機能があるバムスターだが、警戒区域に出現した途端烏丸たちに発見されたそれに、もちろん犠牲者の姿はなかった。一般人に被害が出ていないことは、喜ばしいことである。しかし、わざわざ己の目で敵の腹を割いたみょうじの表情は、浮かなかった。
 なにかを期待して、期待に裏切られたような。そもそもハナから期待するだけ無駄だと理解していて、それでも縋らずにいられなかったような。落胆と諦念の滲むその目が、烏丸は嫌いだった。
「みょうじさん、行きましょう」
「……そうだね」
 促せば、彼はへたくそな笑顔で取り繕う。無理矢理に口角を上げていることがバレバレの、いっそ泣きわめいてくれたほうが嬉しいくらいの作り笑いだった。



 玉狛支部所属のみょうじは、謎の多い人物である。烏丸よりもちょうど一回り年上の、平凡を絵に描いたような容貌の男。高校時代まで水泳をやっていたというのは本人の言だが、自己申告が正しければ十年は昔の話で、いまの彼はただのアラサーだ――ボーダーの防衛隊員として働いていることが「ただの」に含まれるならば。
 みょうじという隊員は、烏丸がボーダーに入隊したときには既に玉狛所属のB級隊員として活躍していた。チームを組まず、B級ランク戦に参加をしないためにA級へ昇格していないだけで、彼の実力はA級に並ぶ。四年半前の大規模侵攻直後の、城戸主導での新ボーダー設立時の入隊だというのだから、組織内でもかなりの古株と言えるだろう。太刀川、風間といった面々との同期入隊、さらに曲者揃いの玉狛所属であるみょうじは、善良そうな見た目にそぐわず、どこか周囲から一線を引いたようなところがあった。
 彼は自らのことを多く語らない。チームを組まず一匹狼を貫く理由も、防衛任務に執着する理由も、自分が討伐したバムスターの腹を入念に開く理由も。
 玉狛の先輩たちから聞くには、みょうじは例の大規模侵攻のおり、バムスターの腹の中から迅に救出されたのだそうだ。暮らしていた家も失い、頼れる家族もいない彼は、玉狛に保護されそのまま防衛隊員となったのだと林藤支部長が言っていた。その説明が真実だとは、烏丸は信じていない。
「みょうじさんって、ボーダー以外で働いたりしないんですか」
 そういうことを、彼に問いかけたことがある。
「……大規模侵攻の前は普通に勤めてたよ。大学出てから介護の仕事やってたけど」
 急にどうしたんだと訝りながらも、みょうじはさらりと答えた。嘘を言っている様子はなかったが、それならばさらに不自然なのだ。
 B級隊員の給料はトリオン兵討伐の出来高制で、どんなに防衛任務のシフトを詰めても、二十八の男が将来を見据えて貯蓄するにはあまりに心許ない。いまは玉狛支部に住み込みであるから家賃はタダといえ、どんなに多く見積もってもB級隊員の防衛任務報酬では外に部屋を借りることも、ましてや家庭を持つことなど不可能である。
 烏丸自身が家に稼ぎを納める立場だからこそ、金銭に頓着しないみょうじの姿はあまりに刹那的に思えた。――まるで、この場所に未練などないようにも。
 不思議な人だ。言動の意図が見えないという意味で、不気味とも言えよう。古株のボーダー隊員で、攻撃手でも屈指の実力。レイガストを主体とし、シールドにエスクードを併用して防御を固める。そんな消極的なトリガー構成に対して、トリオン兵の討伐戦績はB級随一なのだ。何かを探すようにトリオン兵の腹を暴くみょうじの姿を、烏丸はいつも後ろから眺めることしかできずにいた。
 なにを探しているのかはわからずとも、それが見つかってしまえば彼はボーダーから姿を消してしまうだろうことを、烏丸は直感的に悟っている。彼の探すものがなにか知りたい気持ちと、見ないふりをしていたい気持ち。相反するそれらが烏丸の内心でせめぎ合っていた。



prev / next

[ back to top ]



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -