部誌11 | ナノ


例えば枝豆とビール



お酒といえばつまみ。つまみといえば、枝豆。お酒がなくても単品でも十分に美味しい万能の枝豆。皿に残された最後の一つを手に取ろうとした銀時だったが、同様に伸ばされた3つの手に気付いた。微妙な距離感で4本の手が動きを止める。互いに牽制し合い、微動だにしない。沈黙の帳が降りる。
警戒を払い過ぎている所為か、呼吸の間合いまで同じときた。こいつらどこまで仲が良いんだ、と。第三者がそこに居たなら突っ込んだかも知れないが、よくよく考えてみたら関わりたくないと思う。たかが枝豆一つに戦場を駆ける以上の緊迫感を持たせるなんて。ある意味で、凄い。流石は筆頭勢。
―――否、ただのアホだ。

「なんじゃ、おまんら食わんのなら・・・」
どれ、わしが。と、沈黙に痺れを切らした坂本辰馬が口火を切り手を伸ばそうとした。瞬間だった。両側から辰馬の後頭部に鋭い手刀が打ち込まれる。崩れ落ちるように皿を目掛けて倒れ込んで来る。が、それを回避すべく両手で器を包み込んで持ち上げて桂が回避させる。最初の脱落者・坂本辰馬。
「おいヅラ。わかってんだろうな?」
釘を刺せば、桂小太郎は軽く鼻であしらう。「・・・抜け駆けなどせん」と、卓上に戻される枝豆の皿。一人減ったことにより三人で囲む事になった。が、本番はむしろここからだと誰もが思っただろう。何せ今此処に残っているのは精鋭――否、互いの間合いを誰より把握した腐れ縁が揃っているのだ。
坂田銀時、高杉晋助、桂小太郎――彼の松下村塾の三人の寵児。
否、傍から見れば三馬鹿である。寵児とも謳われる三人が雁首揃えて狙いを定めているものは枝豆。たった一つの枝豆に己の全てを懸けているのだ。アホとしか言えない。アホだ。誰もが認めるアホ。

「オメーらよく考えてみろ」
最初に更にあった枝豆はXX個。今まで食べたのは銀時と桂がX個。高杉と辰馬もX個。見事に平等だ。もういっそ残りの一つを床に落としてしまった方が争いも起こらず平和なのではないかと思う程に。
飲みかけのビールがシュワシュワ音をたてて少しずつ泡を減らしていく。それに誰も目もくれない。至って真剣な表情で「食べ物を粗末にするわけにはいかん」だの「ならお前が諦めろ」だのと発言。彼等の中には譲り合いの精神というものがないのか。否、あったなら最初からこんな事にならない。

「此処は年功序列だろう」
真顔で提案した桂だったが、即座に周囲から突っ込みが入った。「戦線離脱か?ヅラ」と、煽る声。続けて銀時が「アホか。そしたら小さいの高杉くんのもんになっちまうだろうが」と、銀時の言葉。
その発言が気に食わなかったのか、カチャリと鍔に指を掛ける高杉の姿。「・・・小さいは余計だ」と。一気に臨戦態勢に入ったことで、空気がピリピリと揺れる。此処は戦場。世界で一番しょうもない。高杉に向けられた殺気を気にした様子もなく銀時は呑気に耳を掘じっている。桂は溜息を漏らした。

「んぁ?あ、気にしてた?わりぃわりぃ」
と、まるで悪びれた様子が見られない。「銀時・・・事を荒立てるな」と、呆れた様子で桂が口を挟む。自分達の目的は無用な争いでは無いと、常時ならば誰もが感嘆するであろう説教。だが今回は違う。
残された最後の一つを巡る―――誰かが引けばそれで終い。
だが、引くわけにはいかない。最後の一つというのはこれまた格別に美味しいのだ。最高のつまみ。おいそれと譲る事は残念ながら出来ない。否、相手がこいつらでなければまた違ったかも知れない。だがそれはあくまで仮定の話だ。仮定などしたところで詮のない事。見据えるべきは今この瞬間だ。


「大の大人が何をにらめっこしてんのか知らんけど・・・いっそ飲み比べで決めたら?」
不意に第四の声が響いた。その場に居合わせた全員が顔を上げる。そして、その言葉にハッとする。確かに。決まらないのなら大人らしい決着の付け方で白黒付ければ良いのだ。例えば今なら飲み会。
だとすれば―――、

例えば枝豆とビール
(「あ、枝豆!ラスワン?もーらい!」と、悪びれの無い声が響いた)



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