部誌10 | ナノ


花束とハイヒール



アジトでソファに座りながら暇を持て余していた俺のところに、妙に上機嫌なバクシーがやってきたときから嫌な予感はしていた。そして、その手に持っているどう見ても女物の服やら靴やらを俺に向かって放り投げた瞬間に予感は確信に変わる。とっさにキャッチしてしまったのはどう考えても間違いだった。とはいえ掴んでしまったからにはすぐ捨てるのも気がひける。そのうち考えることすら面倒になり、この元凶を作った張本人への怒りがつのっていった。気持ちを落ち着かせようと空いている手で愛用の銃を撫でてみるも全くおさまりそうにない。そのうち、どうして俺が我慢しなきゃいけないんだどう考えてもバクシーが悪いじゃねえかという気持ちが強くなって、落ち着くどころか逆に怒りが増していく。ついにはプツンと何かが切れる音がした。

「おいこれはどういうことだ3秒で説明しろ今すぐてめえの頭に風穴あけてやってもいいんだぞイカレヤンキー」
「だからイタ公のシマから戻る途中にプリンセスに似合う服が飾ってあったからとってきてやっただけだろ〜」
「盗ってきたんだろクソボケ野郎。それにしたってこれはねえ、やっぱ一回殺させろ」

愛用の拳銃を構えて銃口をバクシーに向ける。しかし、さすがにアジトで仲間割れのドンパチを繰り広げるつもりはないので、あくまで形だけだ。バクシーもそれが分かっているようで、ニヤニヤ笑いながら俺を見ている。毒気が削がれて馬鹿らしくなってきたので銃をホルスターにしまって、腕の中の服を改めて眺めてみた。白を基調としたワンピースのようだ。白薔薇の模様が入っている。丈は長くて鬱陶しそうだが、裾が広がっているので動きづらくはない。スカートのボリュームもあるので内側に拳銃を隠し持っていても気づかれなさそうだ。……これなら仕事で使えるかもしれねえな、バクシーのくせに意外と見る目あるじゃん。自然と顔がほころぶ。

「な〜んか嬉しそうな顔してんなぁ、プリンセス。そんなに気に入ってくれたのけ?」
「っ、いきなり話しかけるなクソジャンキー!別に気に入ってねえよ、思ったよりまともなセンスしてんなって思っただけだ。ただし、こいつは別だ。こんな高いヒールじゃ仕事になんねえ」

バクシーに向かってそれを投げつける。真っ赤なハイヒールが宙を舞った。難なく掴んだバクシーは恭しくそれを掲げている。むかつく。

「プリンセスには赤が似合うと思うんだけどなあ。返り血で染まったプリンセスなんて最高に犯したくてたまんねえ」
「はっ、俺に忠誠を誓うっていうのか。ナイトさんよォ」

ソファにもたれかかりながら足を組んでバクシーを見据え、足先を向けながら挑発するように笑みを浮かべる。目が合うとバクシーは舌なめずりをしながら歩み寄ってきた。手に掲げるハイヒールがキラリと光を反射させる。

「白い足には赤が映えるなぁ。そこら辺のオンナよりよっぽどプリンセスのほうが美味そうだ」
「当たり前だろ。俺を誰だと思ってるんだよ」
「あ〜、ぐちゃぐちゃにしてえ。なぁプリンセス、いいだろぉ」
「誰が許すか、イカレヤンキー」

顔に似合わず丁寧な手つきで俺の靴を脱がせながら話すバクシーに適当に相槌をうつ。されるがままの俺に気をよくしたのか、ひどく楽しそうだ。バクシーが履かせてくれたハイヒールは俺のために作られたのかと思うほどぴったりだった。我ながら似合う。

「これ履くと女王様気分を味わえるな。悪くねえ」
「……ナイトはよォ、プリンセスに忠誠を誓うんだろ?」
「あぁ、そうだ、っ、むぅ」

いきなりバクシーが俺に噛みつくようなキスをしてきた。咄嗟のことで反応が遅れてしまい、バクシーに委ねるままになってしまう。刹那、唇に痛みが走った。衝撃でバクシーを突き飛ばす。たらり、と何かが顎を伝ってワンピースにこぼれ落ちる。白薔薇が赤く染まっていた。

「てめえクソヤンキーなにしやがる!」
「あんまり美味そうだったからよォ、抑えられるわけねえだろ。やっぱプリンセスには赤が一番似合ってるぜ」
「うるせえ俺を傷つけやがってぶっ殺す!」
「怒るプリンセスも可愛いぜ〜」

薔薇が一つふたつと染まっていくのが視界の隅に映った。なんだか花束みたいだと僅かに残った理性で考えながら、俺は黙って拳銃を取り出していた。アジトが穴だらけになろうが構わない。銃声とバクシーの声が静かなアジトにこだました。



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