部誌10 | ナノ


欠伸もでるほど



穏やかな日差しと柔らかい風。空腹も満たされた穏やかな時間があれば、自然と欠伸だって出る筈。辛うじて女子としての矜持を守るべく大きく開いた口を掌で覆った。が、当然隠しきれる筈もない。

「・・・・・随分と大きな欠伸だね」
なまえ君、と呼ばれてそちらに目を向ける。小さく息を吐いてそう言ったのは己の師とも呼べる存在。呆れた様な視線と共に「まだ余裕がありそうだ」と、口元に妖艶な笑みを浮かべて半兵衛は言った。
織田信長が家臣、豊臣秀吉の参謀役である軍師 竹中半兵衛はその智を買われて信長に命じられた。秀吉の面子も考慮すれば断る余地は無い。そして半兵衛は織田信長の養女 みょうじなまえの師となった。物腰穏やかで、男性というよりも中性的である半兵衛だからこそ、相性が良かったのかも知れない。

「えぇ〜!?か、勘弁してよ・・・無理。もう無理ー!!」
かれこれ数刻、手習いを続けて正座しっ放し。半兵衛の言葉にぎくりと肩を揺らして彩俐が言った。これ以上はもう無理。嫌だ。余裕なんて全然無い。確かに半兵衛は常日頃はとても優しい人である。
優しい人だが、こうして教える時はとても厳しい。だからこそ、人が育つのかも知れないが、鬼だ。感謝の気持ちはあるけど愚痴りたくなる事も同じくらいある。首を横に振って断固拒否の意を示す。

「そうかい?・・・なら、少し休憩を挟もうか」
と、なまえの反応を見て半兵衛は小さく笑った。「ついておいで」と、手招きして立ち上がる半兵衛。その後をギリギリ痺れずに済んだ両足で立ち上がって追い掛ける。辿り着いたのは半兵衛の部屋だ。
中に入るのは初めてかも知れない。辺りをキョロキョロしながら入ると、適当に座る様に促される。それに甘えて柱が背もたれに丁度良さそうな部屋の隅っこに腰を下ろす。それを見て半兵衛が笑う。何が可笑しいのかと目を向ければ「きみは狭いところが好きだね」と、笑われた。猫みたいだ、と。

「だって落ち着くんやもん・・・」
笑われるだなんて心外だ。そこまで本気で怒っているわけではないが、拗ねた様にそう吐き捨てた。生来のものだと思う。広い場所より狭い場所の方が安心出来るのだ。不意にくしゃりと撫でられる。顔を上げると穏やかに笑う半兵衛がそこに居た。その手には、小さな木箱。それなり上質な代物だ。
「最近はよく頑張っているからね」
箱を手渡されて開ける様に促される。ゆっくりと箱を開けると中には小瓶。中身は星の形をした粒。金平糖だと気付くまでに暫し時間を要した。「たまにはご褒美も必要だ」と、半兵衛の珍しい言葉。

欠伸もでるほど
(平和な毎日に時々感謝したくなる)



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