部誌10 | ナノ


欠伸もでるほど



 ふあっと大きな欠伸が耳に入ってきた。前触れもないそれに対して対処に困ってしまい、動かしていた口が閉じてしまう。自分が黙った原因が自分であることなど気づいているはずだが、相手はそれが見えていないかのようにシャツを羽織った。
「・・・・・・なまえ」
「んー?」
「私の話はそんなにつまらないだろうか」
 なんとか硬直状態を解き、自身に向ける背中に問いかける。彼はシャツのボタンもかけず、スラックスに足を通している最中だった。情けなくも彼からの返事を待っている間、収まっていたはずの胃痛が再発してしまっている。どんな答えであれ、彼の態度を見る限り、自身の胃がさらに悪化させるのは間違いないだろう。自身の質問に振り返りもしないどころか一瞥さえも向けない彼は「つまらなくはないけど」と否定から入ってくれた。現金な胃はそれだけで痛みが和らぐ。だが、それもつかの間であった。
「よくまあ飽きもせずに同じことばかりバリエーション変えていえんなぁって感心したってだけ」
 お前の語彙力には感服だわ、とこれといって尊敬の念を感じさせない声色はクラウスの胃にさらなるダメージを与えるには十分な効果があった。キリキリと悲鳴を上げる胃を胸の上から押さえる。恨めしげに視線を送るが、背を向けている彼にはそれが届くことはない。
 これが昨日まであんなに自分の背中に手を回し、ねだりついていた『番』だと誰が思うだろう。
「私は本気なのだ」
「そうか」
「君を愛している」
「あっそ、でも俺はお前のことは棒程度にしか思ってない」
「・・・・・・君がどういおうと、君は私の」
「『運命の番』」
 自身の言葉を遮り、彼が口にした単語にびくりと体が跳ねる。ベルトを締め、襟のボタンをつけながらやっと彼は振り返る。
 キスマーク、歯形、噛み痕、前が開いたまま晒す彼の体には自身との情交が色濃く残っていた。相当力を込めてしまっていたのだろう、彼の腰には自身の手形の痣が浮き出ている。恥じらいもなく見せつける彼の体を凝視してしまい、昨日の彼の痴態を思い出してしまって生唾を飲み込んでしまう。
 そんな自分を鼻で笑い飛ばす彼に自分の行動が謝ったのだと気づかされた。
「何度もいったはずだ、運命の番であろうと俺はお前のことなんて好きをならない。俺がお前と寝るのは発情期のときだけだ」
 言葉は拒絶を、瞳は侮蔑が、自分に向けるすべてが彼の自分に対する感情をありありと表していた。渦巻く感情が胸の内を覆い尽くし、溢れ出してしまいたい衝動をギリッと奥歯を噛み締めることでなんとか耐えた。
 体を重ね、愛の言葉を伝え続けても、彼は欠伸一つで流してしまう。それがどれほど悲しみ、焦り、そして苛立たせることを彼は知らない。否、知っているからこそ出来る所行なのだろう。

 どうして彼は自分を拒むのだ。
 こんなにも愛しているのに、こんなにも求めているのに。
 私は彼のαで、彼は私のΩなのに!

 今すぐに彼を再びベッドに沈めてしまいたい激情を必死に抑えつける間に彼の着替えが終わってしまった。ああ、このままではまた彼が消えてしまう。だが、いま動けば彼に何をするか分からない。そうしたジレンマに苛まれながら、彼の背中に向けて唇が動く。
「・・・・・・どうすれば、君は私を受け入れてくれるのだ」
 胸中で抱いた思いがそのまま唇に乗って出ていった。気がついたときにはもう遅く、無意味だと分かっていながらも手で口を押さえる。情けないほどのか細い声であったが、彼の耳にはしっかり届いてしまっていた。また嘲笑を受けるかと覚悟したが、意外のも彼からは何も返ってこなかった。恐る恐る顔を上げれば、目を大きく見開いて自分を見つめていたのだ。先ほどの侮蔑は消え、戸惑いが彼の感情を占めているのが人目で分かった。
「なまえ・・・・・・?」
 彼にしては珍しい表情に思わず声をかければ、我に返った彼はその戸惑いを隠そうとせんと乱暴に前髪をかき上げる。
「・・・・・・お前が、今のお前である限り無理だ」
「今の私? それはどういう意味なのだろうか」
「うるさい、そんなの自分で考えろ」
 詳しく聞く前に無理矢理打ち切られ、自分へと背を向けてしまう。呼び止めようとするば、自分の声を無視し、後ろ髪など一切引かれることもなく彼は部屋から出ていってしまう。
 一人残された部屋で沈黙が静かに流れる。番がいなくなってしまった寂しさは何度体験しても慣れない。だが、今回はいつもと違った。先ほど彼が口にした言葉を思い出す。
(今の私を直せば、彼は受け入れてくれるのだろうか)
 だがどうすれば、思いつく限りの術を考えるが、いかんせん経験の少ないせいで全く検討がつかない。
 とりあえず、エイブラムス先生に相談してみよう。困ったときは恩師に頼る。いつもの結論に達し、自身の床に散らばった自身の下着へと手を伸ばした。



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