部誌10 | ナノ


欠伸もでるほど



くわ、と間の抜けた音がする。
わざとらしい欠伸の音。自己主張の激しい欠伸の音。何度目だろうか。彼がヒマであることは十分承知していたが、生憎となまえは忙しい。なにしろ、締切が決まっている。この作業にひとりの人間の命運がかかっているのだ。ついでに、自分の命運も。真剣にかからねばならない問題だ。眠いなんて言っていられない。
誰かの命を背負うことを、誇りに思っていた。だから、少しだって苦にはならなかった。
だけれども、彼は違う。彼の仕事は、なまえたちが肩代わり出来るものではないのと同じで、彼にもなまえたちの仕事は肩代わりできない。
彼ら、サーヴァントの中にはなまえたちの仕事を肩代わり出来るものも勿論いる。率先してデータの編纂に取り組んでいるサーヴァントは、なまえたちの何倍もの成果を一度に上げてしまう。
それでも、細かくて地道な作業をなまえたち、カルデアのスタッフはこなしていかなければならない。2017年の地球は戻ってきたけれど、それでも、まだまだ危機は去っていない。
魔神ゲーティアとの戦いを指揮し、支えてくれたひとは、もう居ない。
人類を救ったマスターは、まだまだ幼さの残る少年だ。彼の人生は終わっていない。終わらせてはならない。彼だけに背負わせることを、なまえの良心は赦さない。
生粋の魔術師ならば、きっと別の考え方をしたのだろうけれど、なまえはそうではない。魔術師として半端者だった。きっとそれだけではないのだろうけれど、なまえは「仕方のない事」と少年を見捨てられるほどに性根は腐っていなかった。
その点、カルデアの前所長だったマリスビリー・アムニスフィアはその点、魔術師らしい魔術師だっただろう。でも、オルガマリー・アムニスフィアはそうではなかった。命を弄ぶことに躊躇い、それでも手を染め、畏れていた。畏れるだけで、何もしなかったのはやっぱり魔術師だったからかもしれないけれど。
もう一度、欠伸の音がした。使命感に後押しされて、眠いなんて言っていられないわけだけれど、それでも欠伸というものは「伝染る」ものだ。出てきそうになった欠伸を噛み殺しながら、なまえは耐えきれずに顔を上げた。

「……何か、御用ですか」

冷たい目がこちらを射抜いている。やっと顔を上げた、と彼はニタリと笑って、ギザギザの歯を見せた。肉食獣のようなキザギザの歯は舌で触れたら舌が切れそうだ、となまえは思う。

「やっとこっちを見たな」

無表情で無愛想だったはずだ。彼、クー・フーリン[オルタ]はそういう英霊だ。霊基がそういう風に作られている。
為すべきことを見つめ、そのためだけに戦い続ける。
ところがどうだろうか。このカルデアに召喚されたクー・フーリン[オルタ]は悪戯が成功したというように楽しそうに笑っている。マスターでもない、なまえに向けて。

「……えっと、何か御用ですか?」
「暇だ」
「……そうですか」

英霊たちの暇だ、は大抵ろくでもない結果になる。とんでもないところにレイシフトしてとんでもない敵と戦ったり、或いは、カルデアを何故か危機が襲う。魔術師の端くれであるなまえにとっての常識外の出来事ばかりだったが、段々とそれにも慣れてきた。こんな事に慣れてしまうと、このまま、日常生活に回帰できないかもしれない。いや、そもそも知ってしまった段階で普通の生活を望めないかもしれない。それ以前にこのままカルデアごと標本にされてしまう可能性も十分にあるのだが、なまえはあまりそのことについては深く考えないことにしていた。深く考えれば「逃げる」という選択をしてしまいそうな自分の弱さを知っていた。
その点、クー・フーリン[オルタ]は無茶なことをしないサーヴァントだ。元々が敵であったこと、何かと物騒なことで、近寄りがたいサーヴァントだったが、その点は安心していた。
サーヴァントの中には気安いサーヴァントも居るが、基本は「触らぬ神に祟り無し」というか、なるべくスタッフたちは一定の距離を置いて接していた。気安いサーヴァントも何が相手の気に障るかわからない。なにしろ、ちょっとした意趣返しがとんでもない呪いだったりする可能性がある。一定の距離を置いていたのは、あくまで最初のうちだった。
日常では触れることが叶わない英霊だ。自分の興味のある分野となれば、聞かなければいけないとインタビューを試みる諸君も居ないことはない。
レオニダスに弟子入りして筋トレをしている職員も居ないことはないが、なまえは弟子入りしていないし、なるべく遠巻きにしている。
カルデアはそれなりに広い。広いけれど、閉鎖空間のなかで一応共同生活を送っているのだ。あっちこっちで顔を合わせたりすることも多い。夜食が好きななまえは、キッチンに潜り込んで夜食が好きな英霊と一緒に料理したりすることはあった。忙しいとはいえ、休憩は大事だ。シフトが入っていないときはそれなりのリフレッシュが必要で、なまえにとってのそれは夜食だった。一応キッチンのヌシにいつの間にかなっていたサーヴァントとは話が付いてあるので問題ない。
目の前の神秘に対して大変庶民的な接し方をしていることに思わないことはないでもない。が、これくらいのことで何かを言っているようでは世界を救うことは出来ないのだ、と半分諦めてもいた。

そんなわけで、クー・フーリンはクー・フーリンでも、ランサーとキャスターのクー・フーリンとはある程度面識がある。でも、オルタと話をしたことはない、はずだ。それに、ドクターとダ・ヴィンチちゃんがサーヴァントと付き合うためのイロハと称して作ってくれた「話をするときはなるべくアーラシュ等話のわかるサーヴァントと一緒に」という扱い注意サーヴァントのリストに入っていたから、なるべく触れないようにしていたはずだ。
ところがなぜ、付き纏われて何度もため息を聞かされているのか、理解できない。

「オマエ、この間夜食を作っただろう」
「……はぁ」

どの夜食のことだろうか、となまえは考える。この間小腹が空いたとエウリュアレに顎で使われてキッチンにやってきたエミヤとばったりあったときに作ったアップルパイだろうか。それともダビデが「たまには何か不健康な味のものが食べたい」なんて言い出して作ったアメリカ風ピザのことだろうか。それとも、ツマミがなくなったとやってきた荊軻と一緒に作ったやつだろうか。両儀式と試行錯誤して味を探したアイスクリームだろうか。あれは手をつけると両儀式が怒るというよりも、拗そうな気がする。
英霊たちは何かと規格外で自由でレイシフト先から色々食べ物を持ってきたりしているせいで、何かと夜食の幅が広い。本来レイシフトは控えなくてはならないはずなのだが、まぁ英霊たちが守るわけがない。本来人類史が守られて座に帰るはずだった英霊たちが残っている時点で色々アレなのだけれど、ここまで来れば何とでもなるだろう、と職員たちも度胸がついた。
思い出してみると、おもったよりもガッツリとサーヴァントたちと交流している気がする。

「アレが食べたい」

こともなげに、クー・フーリン[オルタ]はそういった。それに、なまえは顔を引き攣らせた。彼は「食べれるモノならなんでも良い」タイプだとてっきり思っていた。そもそも英霊は食べる必要があったか自体も謎なのだが、英霊たちは「人間以上に」「人間らしく」振る舞っている。食べて、飲んで、喜んで、怒って、悲しむ。
カルデアのスタッフはオルガマリー・アムニスフィアの意向もあり、「人間らしさ」のない暮らしをしていた。だから、それがとても新鮮だった。
しかし、クー・フーリン[オルタ]はそういうタイプではない。

「……えっと、どれのことでしょうか?」
「なんだ、あんなものをしょっちゅう作ってるのか?」
「……ええっと、」

困ったように首を傾げるなまえにクー・フーリン[オルタ]は楽しそうに笑った。何か悪いものでも食べたのだろうか。この場合作ったのは自分ということになりそうだが。

「……アレだ。肉を焼いただろう。……ローストビーフ、だったか」
「ああ、なるほど」

思い出してなまえは頷いた。英雄王から何故か大きな牛肉を手渡されたときだ。「お前たちは頑張っているな。労おう」とかそんなことを言われながら手渡された気がする。大量だった牛肉をせっせとローストビーフにして、振る舞った……と思う。リフレッシュの作業に出してはかなりハードだったが、何しろ英雄王から賜った肉だ。腐らせるわけには行かないとヤケクソで調理した覚えがある。

「あれは、英雄王から賜った牛肉で作ったので……牛肉があれば作れるのですが」
「……あれか」

彼は面白くないというふうに、顔をしかめた。ランサーのクー・フーリンやアーチャーのエミヤはどうにも、英雄王と因縁があるらしく、お互いにあまり触れないようにしているところがある。他にも因縁があるサーヴァントも居るようだが、なまえはすべてを把握しているわけではない。
その因縁が関係あるのかないのか、ランサーのクー・フーリンたちと自分を明確に分けるオルタも英雄王とは折り合いが悪そうだった。

「……牛肉があれば良いのか」
「……調理が大変なのでなるべくフライパンにおさまるサイズだと助かります」

図々しいと思いながら、なまえは注文を付けた。それに、オルタはうん、と頷く。次に来るセリフが「狩ってくる」だということをなんとなく想定しながら、彼を見た。

「狩ってくる」

案の定そう言ったクー・フーリン[オルタ]になまえは引きつりそうになる表情筋をなだめながら真面目くさってお願いします、と言った。
睡眠時間を削るほどに忙しいはずなのに、こんなことをしている場合ではないはずなのに、それもいいか、と思ってしまう。

随分おめでたい頭になってしまった、となまえはそう思いながら、小さく笑った。



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