部誌10 | ナノ


欠伸もでるほど



長くてかったるい授業を聞きながら頬杖をつく。堪えきれず欠伸がでたところでタイミングよく終業のチャイムが鳴った。学生の本分は勉強というけれど、どうにも勉強は苦手だ。ホームルーム中も睡魔と格闘していた俺は再びでそうになった欠伸を噛み殺しながら校舎から出た。すると正門前に黒塗りの外車が停まっているのが見えて思わず頭をかかえる。目立つところに止めるなと毎回言っているのにアイツは直す気がないのだろうか。苛立ちを抑えつつ車に近づくと、ドアが開いて派手なヒョウ柄の上着を羽織った金髪男が現れる。

「若、お疲れ様です!」
「ケン、正門前は目立つからやめろって言ったよな。てか今日もケンだけ?左京は?最近左京俺に冷たくない?」
「アニキも忙しいんすよ、その分俺が若のために働きますから!ほら、俺だってショベルカーの運転できるっすよ!」
「日常生活でショベルカーなんて使わないし。ていうか俺になにか隠してない?」
「ななななんのことっすか、さぁ若帰りましょう!飛ばすっすよ!」

そう言いながらケンは俺を押し込むようにして車に乗せるや急発進させた。こうも慌てられると分かりやすすぎてイライラするのが馬鹿らしくなってくる。戻ったら左京を捕まえて問いたださなければならない。上手いようにあしらわれそうな気がするので心してかかろう。そう決心したところで車が止まった。着いたらしい。わずか数分の距離だから送り迎えはいらないと事あるごとに言っているのだがいまだに聞き入れてくれない。ドアが開けられる。車を下りると左右に列を成した男達が一斉に頭を下げていた。これも大げさだからやめてくれってと言っているがやはりやめてもらえない。もう諦めている。

「「「若、お帰りなさいやせ」」」
「ただいま。あれ?左京は?」
「出かけていますが呼びますか?」
「あ〜いいや。俺も出かけるからカバン部屋に置いておいてくれ。ケン!車出せ!出かけるぞ」
「えっ、またっすか?すぐ用意しやす」

近くにいた奴にカバンを投げて、むさい花道を引き返す。流れるような動作で開けられたドアに滑り込むように車に乗り込んだ。運転席からこちらを伺うような視線が注がれる。俺はそれを無視して、ポケットに突っ込んでいたスマホを取り出して着信履歴から左京の番号にかけた。ワンコールで繋がる。

『どうした?』
「今どこ?」
『何かあったか?迎えは迫田に頼んだが』
「いいから場所。お前が俺に何か隠してるのは分かってるんだよ。それともケンには言えて俺には言えないってことか?」
『……ちっ、迫田に聞いてくれ』
「なっ、今舌打ちしただろ!俺にそんな態度とっていいとでも、って切れてるし!くそっ!ケン、左京のとこ連れてけ。次期組長命令だ」
「ええっ!あ、あいあいさー……」

苛立ちまじりにまくし立てる俺に若干引き気味のケンをひと睨みして無言の圧力をかける。程なくして車が動きはじめた。目的地が分からないのでどのくらいで着くのか検討がつかないのだが、俺の気はあまり長くはない。早く着いてくれないと車内のものに当たり散らしたくなる。壊したら怒られるのは俺だから我慢するけれど、代わりにケンのスマホで左京にワン切りしまくってストレス発散した。ちなみにケンは俺にスマホを盗られたことに気づいていないらしい。後で左京に怒られるであろうケンの姿を想像するだけで笑いがこみ上げる。そして俺の笑い声に隣のケンがビクッとするのがまた面白い。おかげで俺のイライラはだいぶ軽減された。





「ここっす」
「……MANKAI劇場?」
「アニキは稽古中だと思うんで静かに行きましょう」
「は?稽古?」
「シーッ、こっちっす」
「意味分かんねえし……って、ひっぱるなバカケン」

車が止まったのは思ってもいなかった場所だった。建物にはMANKAI劇場とかいてある。劇場という単語にピンとこなかったので映画館みたいなものかと勝手に想像する。それにしてはポスターは見たことのないものしか貼られていないし、ケンの言っていることも訳が分からないし、静かにしろってまるで俺が悪いみたいに怒られるし、とにかく俺が理解できるように説明してほしい。今すぐに。しかし、俺の手を引くケンにそれを求めるのは少々酷な気がする。ここは左京に説明してもらおう。それがいい。俺が一人で納得していると、急に前を歩くケンが立ち止まった。気づかずに歩いていた俺は思いっきりぶつかってしまう。

「いたっ!引っ張ったり止まったりなんなんだよお前は!」
「あああ全面的に俺が悪いっすけど、シーッ!」
「お前が一番うるさいって」
「……そこにいるのは迫田か?」

改めて見渡してみるとそこは小さなホールだった。正面が舞台なのでどうやら俺たちは一番後方の扉から入ったようだ。薄暗い空間には椅子が並んでおり、舞台上だけ明かりで照らされている。その中でもひと際明るく照らされている舞台中央に左京が立っていた。いつもよりもラフなポロシャツ姿で手には冊子を持っている。他に舞台上に立っている人間はいない。そこだけ切り離された別空間のようで思わず目が惹きこまれる。俺の知っている左京のはずなのにまるで別人のように思えてしまった。一瞬頭をよぎった寂しいという感情を打ち消すように声をあげる。

「左京!こんなとこで何してるんだよ!つか、なんで隠してた!」
「『――もうずいぶん長いこと、夢から目を背けて生きてきた』」

左京はパタリと冊子を閉じ、俺の質問には答えずにとつとつと語り始める。俺はただただ惹きこまれていた。舞台には左京しかいない。観客は俺だけ――ケンはいつの間にかいなくなっていた――広い空間の一番後ろにいる俺のところまで左京の声はよく通る。暗くて眠くなってもおかしくないはずなのに欠伸の一つも出なかった。瞬きするのも忘れるくらい左京の演技に見入って、聞き入っていた。

「『それが、俺の人生最大の『後悔』――』」

語りが終わり、深くお辞儀をする左京へ精一杯の拍手を送る。――ばっかじゃねえの。俺に隠してコソコソやる必要ねえじゃん。俺が反対するとでも思ったのかよ。そう思ったら、もやもやとした黒い何かが俺の腹の中で渦を巻き始めるのを感じた。やり場のない感情を言葉に乗せて叫ぶ。

「左京のバカヤロー!お前なんか俺のお世話係解任だっつーの!芝居に本腰いれろ!ぬるい演技したら許さねえぞ!時期組長命令だからな!」

舞台上で左京がふっと笑った気がした。



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