部誌10 | ナノ


砂糖塗れ蜂蜜漬け



「・・・はぁ?」
ジャーファルの突然の言葉に思わず素の調子で応えてしまった。一瞬、後ずさる姿に少しだけ後悔。だがしかし、あまりに突拍子もない事を言い出すのだからこっちだって困惑する。要は気遣え、と。建国が目前に迫り流石に冒険だなんだの言ってサボる事が出来なくなったシンドバッドの事だろう。
ここ連日、珍しく部屋に缶詰状態かつ徹夜で職務をこなす姿は国を統べる者として立派だとは思う。日増しに目の下の隈が濃くなり疲労が滲み出るのはどうかとは思うが。そんな姿に見かねたらしい。
「はぁ?じゃありませんよ。シンを甘やかしてあげてください」
シレっと言い放たれた言葉に少し頭痛を覚える。子供じゃあるまいし、甘やかせるってどういう事。だが言い出した当人は至って真面目な顔。「短時間でも満足する筈です」と、真顔で言われてもだ。ジャーファル曰く「シンを甘やかせるのは貴女だけなんです!」らしい。なまえは肩を竦めにが笑う。
随分と買われているらしいが、自分にはそんな技量は無い。シンドバッドは割と頑固な性格である。過去を鑑みるとこっちが言われた通りに甘やかそうとしても素直にそれに甘んじる事は無いと思う。だがしかしそれを既に何徹目か分からないジャーファルに伝えたところで引き下がる事は無かった。

(甘やかすつったってなぁ・・・)
どないせいっちゅーねん
シンドバッドの執務室の前でどうしたものかと頭を掻く。結局、引き下がらず、断りきれなかった。というか、鬼気迫る表情で「つべこべ言うな」と凄まれたら断れないだろう。武器は下ろしてくれ。
結果的に気はぜんぜん乗らないが仕方なく向かった。一応、気を使ってドアをノックしようとする。その瞬間、不意に背後から「なまえ?」と、声が掛かる。振り向かなくても分かる。シンドバッドだ。数日振りに見るその顔は疲労困憊だということがありありと分かった。「どうも」と、頭を下げる。

「随分とお疲れみたいやな・・・お茶でも淹れようか?」
それから部屋に招かれて、適当な椅子に腰掛けたところで口火を切った。作業の音が落ち着かない。自分に出来る事といえば飲み物を淹れるくらいしか浮かばない。その言葉にシンドバッドが頷いた。
「あぁ、悪いな。頼むよ」
と、そして再び筆の動く音。立ち上がるついでに、シンドバッドが見ている書類に視線を落とした。内容を理解しようとしたが脳がそれを一瞬で拒否した。これをスラスラ読み込むなんて器用な男だ。早々に理解を諦めて簡易キッチンに足を進める。支度をしながら「・・・シン、何徹目?」と問うた。
仕事の妨げになるだろうに、その言葉にシンドバッドは「7はいってない・・・と、思う」と、回答。少なくとも数えるのが億劫になる日数を過ごしているという事。うんざりだ。ハーブティーが香る。鼻腔を擽る香りを堪能しながら、カップを二つ取り出す。「ちょっと休憩する?」と、声を掛けた。

「流石にジャーファルもちょっと心配してたよ」
と、ハーブティーを運びながら素直に差金の黒幕を告げる。「甘やかしてきてくれ、やって」、と。なまえのその言葉にシンドバッドは目を丸くした。恐らくジャーファルの配慮が意外だったのだろう。それに「甘やかせったって、ねぇ?」と、冗談めかして笑いながら、シンドバッドの隣に腰掛ける。
「・・・まいったな。ジャーファルにはお見通しってことか」
肩を竦めてシンドバッドが言う。まったくお見それした。宰相殿はどこまでも自分を理解している。今だってほかの誰かではなくなまえを此処に送ったことが確固たる証明。見事に看破されてしまった。隣で優雅にハーブティーに口を付ける横顔をぼんやりと眺める。幼馴染だから、と。無防備過ぎだ。
「シンドバッド?」
何も言わなくなった事を不思議に思ったのかなまえが不思議そうにこちらに目を向けて小首を傾げる。手を伸ばしたら届きそうな距離に思わず手を伸ばしたくなるが、それを堪えて誤魔化す様に笑った。

砂糖塗れ蜂蜜漬け
(そんな日が毎日続くなんてありえないのだけれど)



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