部誌10 | ナノ


紅茶とケーキと笑い猫



 もったりとまとわりつく湿った埃っぽい熱を逃がすために網戸にした窓から、ちゃぷんちゃぷんと水音が響いてくる。昨晩から今朝にかけての春の嵐によって増した川の水が、玉狛支部を支えるコンクリートの柱に当たって飛沫と砕ける音だ。
 玉狛支部のリビングは、珍しく静かだった。烏丸に騙される小南も、陽太郎の世話を焼く宇佐美も、いまは支部を外している。常々騒がしい空間に訪れた一時の穏やかな時間は、けれども寂しさはなかった。
 支部所属の隊員たちが日々集うソファーには、なまえと空閑が腰掛けていた。二人の前には、湯気と芳香を漂わせるマグカップと、空閑の前には食べかけのショートケーキ。
「おれのおばあちゃんは、幸福な時間に必要なものを三つ挙げていた。美味しいケーキと、少し手間をかけて淹れた紅茶、それと猫」
 なまえはすらすらとつっかえなく、おまじないを諳んじた。空気の多い熱湯で淹れ、きちんと蒸らした紅茶で舌を湿らせて息をつぐ。半年前に他界した祖母は、コテコテの猫派だ。愛猫を中心に生活の全てが回っているような。
 そんな彼女に、幼い頃から教え聞かされてきた幸福の教え。
 なまえが買ってきた少々値の張るショートケーキを半分ばかり食べすすめた空閑は、ううむと唸って首を傾げた。
「でもそれじゃあ、ここには猫が足りない。雷神丸は犬だし」
 ケーキと紅茶があるのに、それでは自分たちは幸せではないのかと、空閑は言葉を額面通りに受けとって、素直に頭を捻っている。
 小さくて白いふわふわが、むぅんと悩んでいる様子がおかしくて、なまえは目を細めた。
「猫ならいるから心配ない。つまりおれたちは条件を満たしている」
「ふむ、ねこ。おれの知らないうちになまえさんが連れてきたのか?」
「さ〜どうだろ」
 きっと彼には見つけられない。むっと唇を尖らせた白猫の頭を撫で、皆が帰ってくるまえにケーキを食べて証拠隠滅をしろと急かした。



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