部誌10 | ナノ


紅茶とケーキと笑い猫




五虎退は審神者がほんの少しだけ苦手だった。

いっつもしかめっ面で笑っているところなんててんで見たことがない。五虎退がこの本丸に来たのはそう早くはないが、五虎退より早くに来た薬研に聞いても、初期刀の蜂須賀に聞いても「主に笑うという機能はついてない」と言うだけだ。悪い人間という訳でもなくただただ気難しいだけらしい。

「付き合いが悪い訳でも仕事ができない訳でもない、ただ感情表現が苦手ってだけさ」
と蜂須賀は急須を置いて苦笑していた。
彼も最初は何も言わずしかめっ面で「おい」か「ああ」くらいしか言わない主に困惑したという。今では無口でしかめっ面な審神者が気に入って、彼の為にと身を粉にして尽くしている。蜂須賀は審神者が選んだ刀ということを誇りにしている。
「そうだぜ」と声を上げるのは薬研だ。
言葉は少ないが、その代わり審神者は刀の話を聴く。
「大将の中じゃ俺らもヒトってことなんだろうなぁ」
刀の彼らから出た意見でも、彼は真剣に考える。薬研はそれがおかしくてしょうがないと言う。刀と対等にあろうとする審神者は不器用で真面目な性分なんだろうと茶を一息で飲みきって薬研は口元を拭った。
五虎退は口を挟まず黙って水面を吹いていた。
「けどなぁ」
みなまで言うなと蜂須賀は眉尻を下げた。
「やっぱり、一度はあの仏頂面が崩れるところも見てみたいものだ」

そんな二人の話を聞いても五虎退は審神者が苦手だった。怖いものは怖い。
いっつもしかめっ面で五虎退を見下ろして、怒っているのかなとおっかなびっくりになってしまう。おっかなびっくりで接してしまうから、審神者もそれを汲み取って益々眉間にしわを寄せて、その顔の恐ろしさったらない。
はわはわと慌て慄く五虎退に何か言う訳でもなく顰めっ面で、むっすりと口を噤んでしまったらもう五虎退は逃げるしかない。
じりじり後ずさるのに、何故か子虎たちは前に出た。
大人のガッチリした足が柱にでも見えたのか、よじ登ろうと我先にと群がった。そんなことしたら怒られちゃうよ!という言葉すら咄嗟に出てこない。なぁごなぁごと喉を鳴らす子虎たちは、審神者に何をねだっているのか。
「おい」
「ひゃあ」
低くて掠れた声が降ってきて、思わず飛び上がった。怒られる前に五虎退は短刀の俊敏性を活かして五頭全て回収して、その場を勢いよく逃げ出した。
それが今朝の話だった。

朝の非礼を詫びねばと思いつつ、一人では恐ろしくって動けやしない。万が一間違って怒鳴られたりしたらどうしようと考えは悪い方向へと流れていく。蜂須賀や薬研は「怒鳴るわけがない」と笑うが、絶対にないなんてわかりっこない。五虎退は万が一を恐れているのだ。
仲良くなりたいけれど、こわい。好きだけれど苦手だ。
「ううん…………でも…………」
やっぱり主様の笑った顔、見てみたいなと欲が出る。
「お茶…………………誘ってみようかなぁ…………」
皆でお話すれば怖くないかもと思いついて、部屋に近づいては引き返している。審神者の部屋まであと曲がり角が一つ。重い気持ちを抱えて、五虎退は腹の底から息を吐いた。

「俺はそこまでこわいか」
子虎たちは最近のお気に入りの場所で丸くなったり、凭れたりじゃれたりと忙しい。柱のように逞しい脚は折り曲げられて、体のいい寝床と遊び場になっている。
それを怒るわけでも疎ましく思う様子もない。
「気をつけようとは思っているんだが、いかんせん………」
ひとと話すのは得意じゃない、とぼやいた。返事はんにゃんにゃと要領を得ず、相談者の審神者の膝を掻いた。遠慮と加減がない爪先はミミズ腫れを残した。それを指でなぞりながら重く息を吐く。
「お前たちだけだな、俺をこわがらないのは」
自業自得だとわかってはいるが、この調子で生きてきて、今更どうこう矯正が効くとは思えない。まず話のきっかけすらつかめないのはもどかしい。これ以上、彼らの懐の広さに甘えるわけにもいかない。
「…………菓子でも差し入れたらいいのだろうか」
思いついて取り寄せてたものはいい加減に食べてやらねばならない。腹を決めねばならないのに勇気がない。

たった一言が思いつかんと唸る審神者に合わせるように膝の上で丸くなる子虎がうにゃんと鳴いた。



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