部誌10 | ナノ


アイリスとカレンデュラ



 カルデアに、嵐は突如吹き荒れる。
 不思議な魔力を帯び、特異点での探索活動や平素の強化訓練をサポートしてくれる、黄金に輝く林檎。私はその林檎を作り出すサーヴァントの元を訪れていた。いつか来る第五特異点に向けて、希少な黄金の林檎を備蓄しておけないかという相談だったのだが――そのサーヴァントとの話が半分も進まぬうちに、半ば固有結界化して林檎園に姿を変えた一室へ、闖入者らが現れた。
「マスター!」
「奏者よ!」
 重なる声に、私に詰め寄る二人は、むっとお互いを睨みつける。そしてふたりともが隣のサーヴァントに負けじと押しのけあい、なまえと話していた私にぐいぐい迫ってきた。
 すぐ横にいたなまえが、すっと身を引いたのがわかる。見捨てられた。
 可愛らしい顔を必死さに強ばらせてネロとエリザが口々に私に問う。
「アイドルとして相応しいのはどっちだと思う!?」



 どうにか二人を落ち着けさせて、よくよく話を聞き出す。ちゃっかり逃げだそうとしたなまえはきちんと捕まえてあった。トラブルに巻き込まれるなら味方は多い方が良いに決まっていた。
 まあ、きちんと話を聞けば、ライバル同士によるアイドル界の頂点についての認識で齟齬が起きたようで、簡単に言えばお互いが「一番のアイドルは自分である」と言って憚らなかったのである。
「だからマスターである私に決めてもらおうってことになったんだね」
「うむ」
「そうよ」
「ははぁ、マスターは随分信頼されているんだなぁ」
 至極真面目な顔で頷くネロとエリザと、傍観者という立場に甘んじて茶々を入れてくるなまえ。三者三様の反応を横目に、私はなるべく角が立たない言い方を探した。
「……二人ともが一番で、いいんじゃないかな」
「駄目!」
 意見を言い終わる前に、キャンキャンと噛みつくような声が飛んできた。ぷりぷり怒る美少女はかわいいけれど、このパターンが潰えると、少々手に困る。
 穏便に「二人とも可愛い」が却下されると、どちらかを選ぶということになる。どちらかはトップアイドルに選ばれ、どちらかはそうでなくなれば、起こる未来は想像に難くない。私はマスターとして、カルデアを壊滅の危機に晒すわけにはいかなかった。
「えっと……なまえはどう思う?」
「げ……俺?」
 唐突に向けられた矛先に、部外者だと余裕をこいていた男はあからさまに狼狽える。彼の美しい面立ちは多少の動揺で崩れることはないが、明らかに迷惑がっていた。
 ネロとエリザもなまえと名乗るこのアーチャーのことを気に入っているようだし、彼ならば彼女らの諍いにジャッジを下す大役に相応しいはずだ。グッドラック。
 むむっ、とアイドルを自称する美少女サーヴァントたちに迫られて、なまえは一歩後ずさった。
 味方を求めるように周囲を見回すが、残念ながら四面楚歌。けれど、彼は何を思ったかやにわに赤い林檎をもぎ取り「これを見てくれ」と私たちの前に差し出した。
「林檎だ」
「……見ればわかるわよ」
「赤い林檎だ。赤が深くて、これを布で磨くとツヤツヤになって美しい。と、言う奴もいる」
 俺の趣味じゃないがな、と付け加えて、彼は林檎の美しさとやらを興味の無い脚本を読み上げるようにつらつらと語った。
 なまえの意図が読めない私は、ネロとエリザと顔を見合わせて、きょとんとしている。
「俺は林檎より薔薇の花ほうが好みだ」
「よ、余も! 余は薔薇の皇帝と呼ばれたのだぞ!」
 元気よく挙手をしてネロが薔薇の美しさを語るなまえに同調した。それに頷きながら、彼は言葉を続ける。
「それはそれとして、俺は気高く咲く青色の花も好ましいと思うし、太陽の化身のような橙の花も見ていて元気になる」
 ――語る彼は、何を想い描いているのか。いつも一歩引いたように振る舞うなまえだが、手のひらの真紅の林檎の向こうに色鮮やかな花を見るその表情は、初めて目にする穏やかさだった。
 なまえは弄んでいた林檎をひょいと私にパスして、ぱんと手を叩く。
「つまり美しいものや可愛いものの魅力というのは、見る者によって値が変わるということだ。ネロにはネロの、エリザにはエリザの魅力があり、比べるのは愚であるというのが俺の見解だ」
「お、おう……?」
「なんかうまく丸め込まれた気がするわ」
「概念としての美しさについて知りたければ、エルメロイU世先生を訪ねるといい。喜んで教授してくれるだろう」
 そうして不承不承のアイドルたちをなんとか納得させると、なまえは「仕事の邪魔だ」と二人を追い返してしまった。
 残された私は彼と二人、からかいまじりに微笑を浮かべる。
「上手く誤魔化したね」
「俺の霊基の入れ知恵だよ」
 なまえはなんてこともないと肩を竦めるばかりだった。



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