部誌10 | ナノ


アイリスとカレンデュラ



■本文1
「見すぎだ、」
控えめに声を落として、柿崎国治はみょうじの脇腹を肘で突いた。突かれた方のみょうじは、ああ、と生返事をしながらも、視線を動かさない。
個人のランク戦を行う施設は、戦闘の様子を見られるモニターも席も揃ってあって、憩う場所(いささか殺気立っているようなきがしなくもないが)でもあり、いつなんどきも結構ひと気がある。だからといって、一人の人間を注視し続けて目立たない、なんてわけはなく、特に今回は相手が少しよろしくない。
彼は、そのような視線にとてもナイーヴな人間だ。
それでも視線を外すことのないみょうじに柿崎は少し焦った様子で、もう一度「おい」とみょうじの脇腹をつついた。
「失礼だろう」
柿崎はそういう。彼はとても、人の良い人間だ。そして、人の目を気にする。彼が広報担当で居られなかったのも、きっとそんな理由だろうとみょうじは勝手に思っている。
こういう、誰にでもよく思われたいだとか、控えめで人に親切な八方美人は、ああいった仕事に向いていない。そういった八方美人の人間は、自分の評判を害する人間に途端に攻撃的になったり、被害妄想を膨らませていったり、自分を過剰に卑下したりするときがある。だけれど、一般的な経験則においての話であって、柿崎に関してみょうじがソレの被害にあったことはなく、特にこれといって柿崎のことをみょうじは嫌いではない。
むしろ、こういうタイプの善良な人間が存在するのか、と少し新鮮な気持ちにもなる。
これをいうと、多分みょうじと同じ柿崎隊の照屋文香に「じゃあ、別の隊に行ったらどうですか? あなたならどこにでも入れるんでしょう? コネで」と多分、柿崎の居ないところで言われるので、言ったことはない。
唯我ほどではないが、大きなスポンサーの一つである会社の御曹司であるみょうじは、望めば好きな隊に入れてもらえる。そこを、八割方独力でB級に入っているのだが、10割じゃないあたりとか、天才とか歌われた照屋たちには劣るわけで、そんなことを言われたりする。多分、照屋も本当はそんなことを思っていないと、みょうじは思う。そういうことをズバズバとみょうじに言うのは、みょうじと照屋がそれだけ打ち解けているからだ。
それはさておいて。
「柿崎さん」
視線を外さないままに、みょうじは呼びかけた。オロオロとしている柿崎は、なんだ、と困り果てながら言った。
「……彼って、かなり良いですよね」
「……………はぁ、」
柿崎はそう言ってから、しばらく言葉を探す。
「……スマン、コメント出来ない」
そういう、結構正直なあたりが、みょうじが知ってるタイプの人間とは違うところなのだと、みょうじは思う。
困り果てた様子で、今度はみょうじの袖を引き始めた柿崎に、これは後で照屋から嫌がらせを受けそうだと思った。照屋は何かと柿崎のことを慕っており、その慕っているの方向性が柿崎を苦労させている元凶のひとつであるみょうじを攻撃する方向に向かう。
みょうじも少し、柿崎には申し訳ないな、と思わないでもなかったけれど、金持ちの家の一人っ子のボンボンに育ったのだから仕方ないだろう。
そんなことを思っていると、みょうじが見ていた人物が、貧乏ゆすりをやめて、くるりとこちらを向いた。
柿崎がため息を吐く。
「オメー、いい加減ウザいんだよ」
マスクを下げて、影浦雅人が言った。真正面から見ると、思ってたよりも目つきが悪い。ギザギザの歯が人相を悪くしているような気がする。造形はそれほどわるいわけでもないのに、ボサボサの髪の毛が彼の印象を攻撃的に見せているようだった。
「申し訳ない。見惚れてしまった」
それを言われた影浦は、顔を大きく顰める。応えることも嫌だ、という風に顔を横に向けて、舌打ちをしながらイライラと床を蹴った。
「……悪い、カゲ」
柿崎がそういう。
「……別に、柿崎さんは悪かねェだろ」
影浦は親しげに「ザキさん」と柿崎のことを呼ぶ。
それが少し、みょうじには羨ましい。
影浦は、感情受信体質だ、ということはみょうじもよく知っている。何度かランク戦であって、それに苦労したこともある。でも彼に見惚れたのは、今回が初めてだ。何が違うのだろうかとしばらく考えながら、みょうじは彼を見た。
違う場所はない。みょうじの記憶は結構たしかだ。人の着ているものや顔名前を覚えるのは、小さい頃から叩き込まれたみょうじの技術でもある。
「影浦くん」
みょうじに何を言って良いのか悩んでいた様子の影浦が、みょうじの方を見た。
多分きっと、感情を受信するといっても、きっとみょうじが彼に向けているような類の感情には慣れていないのかもしれない。だから、敵意を向けられたときとは違って、対応に困っているのかもしれない。
そう思いながら、みょうじは彼をまっすぐに見た。
「俺は、君が好きだ。君がよければうちに養子に来ないか」
そう言いながら、みょうじは微笑んで、手を差し伸べた。王子様のようだと言われる笑顔には自信がある。女子受けもよく、観賞用にはもってこいと言われる美貌だ。
そう思いながら、影浦が違って見えたわけがなんとなく、分かった気がした。恋に落ちたから、きっと、違って見えたのだろう。
「っざけんな! 俺は、オメーのことがキライだっての」
そう言いながら、影浦は顔を顰めて、視線をそらした。
「それは残念です」
そう言いながらみょうじが微笑むと、影浦は少し困ったように舌打ちをしながら、去っていく。その背中を眺めながら、隣で柿崎が深いため息を吐いた。
「……心臓に悪い」
これを柿崎がぽろりと漏らそうものなら、照屋から一人だけケーキの分量が少ないとか、ちまちまとした嫌がらせが増大しそうだと、みょうじは思った。
「養子とか、言い出すからどうしようかと」
柿崎はそう言いながら、はは、と笑う。
自分でもあんなことをいうことは想定外だった。
胸のあたりが、傷む気がしてみょうじは胸をおさえた。みょうじは換装していない。必要時以外は生身でいることにしている。質のいいシャツはオーダーメイドで、シワひとつ無い。それにシワを作るように拳を作って、みょうじは何か、柿崎に言おうと口を開いた。
「……そ、そんなに、本気だったのかよ」
柿崎の声がする。ひどく動揺している声に、驚いて、それから、自分が泣いていることに気付いた。
「……みたいです、ね」
そう、答えながら、これが、恋か、と、みょうじは胸の内で呟いた。
記憶にある限り、多分きっと、初恋だろう。だって、こんな気持を、みょうじは知らない。
失恋だ、とみょうじは思う。そう思えば、次から次へと涙が溢れてきて、止まらなくなる。そんなみょうじの背中を、柿崎が叩く。
「……ああ、もう……ほら、ここじゃ目立つから」
柿崎はそういいながら、みょうじの手を引いた。優しい人だ、と、みょうじは思う。
多分きっと、いい人だ、と、思いながら、みょうじは彼の引導に任せて、目を閉じた。



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