部誌10 | ナノ


アイリスとカレンデュラ



「紬くんは植物の世話が上手だねえ、羨ましいなあ」

MANKAIカンパニー寮の中庭には、たくさんの花や木が植えられている。
深夜、寮の人間がみな眠りについている頃にそのへ向かうのが俺の日課だった。
冬の時期から土ごとしっかり手入れされた環境は植物にとって最高の条件が整っている。
それをおよそ彼一人の力で行なっているというのだから、やっぱり彼は、紬くんは、素敵な人物なのだ。

そんな彼がカンパニーに入団したのはおよそ半年前。
俺が彼を知ったのはもう何年も前の話だけれど、突然ビロードウェイから姿を消し、演劇を辞めたと思っていた彼をストリートACTで再び見かけた時は、それはもう体に雷が落ちたかのような衝撃だった。
その衝撃は俺を燃やすのに十分すぎたし、蓄積した思いはただ彼を純粋に応援していた頃とはまた別の顔を見せていた。

ただ彼を見つめるだけで満足だった時期はとうに過ぎていた。

「ああほんと、羨ましいな。彼に触ってもらえるんだろう?話しかけてもらえるんだろう?」

朝にたっぷりと水をもらったアイリスの茎は、夜更けでもまだみずみずしい感触を指先から伝えて来る。
忌々しい。彼の愛情を一身に浴びるこの花たちが羨ましい。

思わず力の入る指先に、少し茎がしなった気がして慌てて手を離した。
俺は彼に悲しんで欲しいわけではないのだ。
ただ、俺も彼の喜びの一部になりたいだけなのだ。

「ほら、俺からも水をあげるよ。ちゃんと、育ってね」

舌をなぞり、唾液を絡め取った指で丁寧にアイリスの青い花弁に付着させていく。
アイリスの花言葉は、恋のメッセージ。
気づかなくてもいいけど、溢れ出す思いだけは彼に届けたくて、こんな行為を始めたのは彼がよく行く花屋さんでアイリスの苗を購入しているところを見かけたからだった。

「いつも公演を観に来てくださってありがとうございます。またよろしくお願いします」

顔を覚えていてくれていたのだ。声をかけてくれたのだ。同じ大学の、学科の違う俺を、だけど君は毎公演欠かさず観に行っていた俺を、学食で俺を見つけて。

「それ、アイリスですよね。押し花の栞が素敵ですね。知ってますか?花言葉は、」
「…ああ、ごめんなさい!花が好きで、それでつい熱くなっちゃいました、すみません!あの、またよければ、観に来てくださいね」
「それじゃ」

紬くんは恥ずかしそうな表情をすると、ほうける俺をそのままに離れて行った。紬くんが俺に話しかけてくれた。俺の栞を指差した。にこりと舞台上とはまた違う、カーテンコールの時とはまた違う笑顔を俺に向けてくれた。憧れが劣情になった。

「気づけ、気づけ、気づけ、気づけ」

俺の思いにはやく気づけよ、紬くん。
こんなにも思ってやってるとじゃないか。

「っあ」

ぶつりと呆気なく千切れた花弁が、地面に音もなく落ちる。

「あーあ、やっちゃった」

でも千切れていた方が、紬くんもこの花を可哀想に思って、たとえば優しく撫でてあげたりしてくれるかもしれない。

「そうしたらきっと君は今度こそ、俺に触れてくれるよね」

落ちた花弁をそのままに、立ち上がって土のついた膝をパンと一度だけはたく。

「いつだって君のそばにいるよ、紬くん」

立ち去る俺を、カレンデュラの花が見つめていた。



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