部誌10 | ナノ


アイリスとカレンデュラ



昨日は週明けが期限の溜まった仕事を片付けなければいけなかったため、ひと段落した時には空がうっすら明るくなっていた。ほぼ毎週金曜日に徹夜する俺をみている同室の左京には溜めないでこまめに片付ければいいだろうと毎回説教されるのだが、仕事に稽古に勉強にその他あれやこれやとやらなければいけないことが多すぎてどう見積もっても時間が足りないのだから、こうして帳尻を合わせる努力をしていることだけでも褒めてほしい。仕事も稽古もこなすうえにゲームをする時間が作れる要領の良さを至さんに伝授してもらおうと何度思ったことか。ただし、実際に教えてもらうとなるとついでに――至さんにとってはこちらが本命かもしれないが――ゲーム沼に引きずり込まれそうなので、頼む勇気が今の俺にはまだない。というわけで、今週もどうにかこうにか体裁を整えた資料を作成し終えてPCに保存した直後、俺の意識はブラックアウトしていた。次に目覚めた時、俺の頭と腕の下で仕事の書類の束と次の台本がしわくちゃになっていたのだが見なかったことにしたのは、監督さんはじめ団員のみんなには黙っておこうと思う。部屋には左京の姿は見えなかった。ブランケットが掛けられていることに気づいて頬が緩む。キツイことばかり言うがなんだかんだ優しい左京には頭が上がらない。気が抜けたら急に空腹感に襲われた。よく考えたら昨日の夜はろくに食べずに部屋に篭ったので腹が減っているらしい。きっと談話室にいけば誰かいるだろうし食べ物にありつけるだろう。尤も、シャワーでも浴びてこの寝癖をなんとかして人前に出れる状態にもっていくことが必要条件だが。
シャワーを済ませて談話室の扉を開けると、奥のほうから調理器具の音と共にほのかに甘い香りが漂ってくる。この劇団で料理をする人間は限られているので、それだけでそこに誰がいるのか見当がついた。俺はキッチンに立つ人物に向かって声をかける。

「おはよう、臣」
「おはようございます。もうすぐお昼ですよ」
「午前中に起きることが目標だったからいいんだよ。ところで美味そうな匂いがしてるんだけど、なんか作ってるところだった?何作ってるんだ?」
「あぁ、ぼたもちですよ。たくさん作ったんで食べます?」

俺は黙って大きく頷いた。皿にこんもりと盛られたぼたもちの山を目の前にして尋ねられたら食べないわけがないだろう。たっぷりの餡がまぶされたぼたもちを一つつまんで頬張る。ほどよくもち米と小豆の粒感が残っているのに絶妙に柔らかくて滑らかな舌ざわりは店に並んでいるものと遜色ない。餡の甘さも控えめながらしっかりとしている。臣の作った和菓子は初めて食べたが相変わらず美味しい。料理もお菓子も和洋折衷なんでも作れてしまうとは恐るべし。

「美味い。粒餡ともち米の塩梅最高。俺さぁ、粒餡派なんだよね。これ幾つでも食えるわ」
「そこまで褒めてもらえると嬉しいな。まだまだあるからいくらでもどうぞ。あぁでも朝ごはんまだですよね?簡単なのでよければ作りましょうか?」
「ありがとうな、ぼたもち食うから大丈夫。でもなんでぼたもちなんか作ってたんだ?」
「お彼岸ですからね……本当はこんなに作るつもりなかったんだけど色々考えてたら作りすぎちまって。ちょうどいいタイミングで来てくれて助かりました」

苦笑しながら話す臣の顔にどこか寂しさを感じてしまった。ふと、以前左京から見せてもらった秋組のポートレイトを思い出す。直接聞く機会はなかったのだが、誰かが撮っていたらしい動画を見せてもらったので一通り知っている。たしか臣のポートレイトで――ああそうか。

「相棒の墓参りってやつか。お供物を手作りするなんて律儀だな」
「あれ、話しましたっけ?ポートレイト見たんですか?」
「まぁな、左京に聞いてさ。やっぱ一緒にやってく団員のことは知っておきたいじゃん」
「その言葉そっくり返しましょうか」
「俺はいいんだよ、アンサンブルキャストだし。それより墓参り行くんだろ、ついてっていいか?車は左京のあるだろうし運転してくからさ」
「車はありがたいですし、俺は別に構いませんけど……ただ墓参りするだけですよ?」
「いいのいいの。じゃあ車持ってくるから15分後に寮の前な」

言いたいことだけ告げて談話室を出る。後ろから臣がなにか言っていた気がしたが聞こえなかった。急いで部屋に戻り、シャツとスキニーに着替えてジャケットを羽織る。財布と携帯をポケットに突っ込んで、左京のデスクに置いてある車のキーを掴んだ。一瞬左京の怖い顔が浮かんだが振り払って部屋を飛び出す。大丈夫だ、なんだかんだアイツは俺に甘い。



きっかり15分後、寮からビニール袋を提げた臣が出てきた。おそらくぼたもちが入っているのだろう袋はお供えするには些か大きいような気がするけれど、まあいいか。臣が助手席に乗り込んだのを確認してアクセルを踏み込む。暖かな日差しが車窓に入り込んできた。いい天気だ、墓参りにはちょうどいい。

「遅くなってすみませんでした」
「時間通りだろ。場所分からないから後でナビに行き先入れてくれ」
「先にどこか向かってるんですか?」
「墓参りだろ。ぼたもち以外にも必要なものがあるじゃねえか」

不思議そうな顔をしている臣は放っておいて商店街の近くで車を止める。戻ってくるまでにナビに行き先を入れておいてくれと伝えて、俺は一人で目的地に向かった。前に紬の買い物に付き合ったときに教えられた花屋のドアをくぐる。なんでも品ぞろえが豊富で花束のアレンジが凝っているとか。

「いらっしゃいませ」
「お彼岸用の花束を作ってほしいんですが。花の指定とかは特にないのでお任せで、ああ、でも鮮やかな感じがいいかな。あとはすぐできるやつでお願いします」
「かしこまりました。ではアイリスとキンセンカを中心にいくつか季節のお花をあしらいますね」

そういいながら紫とオレンジの花を何本か手に取った店員が花を手際よく束ねていく。お互い主張する色なのに出来上がった花束は綺麗にまとまっていた。さすが紬がオススメする花屋だけある。後でお礼を言っておこう。ついでにコンビニに寄って――最近のコンビニは何でも売っているという話は本当だった――線香も調達しておく。車に戻ると窓越しに臣の驚く顔が目に入った。

「花買ってきてくれたんですね。向こうで揃えようかと思ってたんですけどありがとうございます」
「ここ紬が教えてくれた花屋でさ、すごいよかったぞ」
「花屋に行くって教えてくれたら俺も一緒に行ったんですけど」
「いや、臣と二人で花屋に入るとこ想像したんだけどちょっと似合わな過ぎて。それに二人でいるときに劇団の誰かに会っていろいろ聞かれるのも面倒だったからな。よっしゃ、ナビはいれたよな?さっさと行くぞ」
「なんだか秘密のドライブデートみたいですね」
「そういうのは俺じゃなくてかわいい女の子が隣にいるときに言えよ。男二人でドライブデートってないだろ」
「?俺はいいと思いますけど」

そうだ、しっかりしているけどコイツは天然だった。隣は無視して運転に集中する。ナビによれば数十分で到着するらしい。交通情報を聞くためにつけたラジオから最近流行っている洋楽が流れてきた。ちっ、これじゃまるでドライブデートだ。釈然としなかったが、視界の隅に入ってきた臣が花束を抱えて嬉しそうに笑っていたのでたまにはこういうのもいいかという気持ちになった。



結局、俺たちが臣の相棒、那智の墓にたどり着いたのはおやつ時だった。墓にはすでに誰かがお参りしたのか花が供えられていた。二人で墓石を軽く掃除して、花束とぼたもちを墓前に供えた。手を合わせてから俺はここに眠る那智に向かって口を開いた。

「あ〜、初めまして。臣のポートレイトを見た時からいつか来たいなと思ってたんだけどようやく来ることができた。臣を演劇の世界に引っ張ってきてくれてありがとうな。俺は臣と芝居ができて嬉しい。お前の夢は確かにコイツが受け継いでるからこれからも見守っててくれよ」
「……」
「っ、慣れないくさいセリフを口にすると思った以上に恥ずかしいな。俺の用事は済んだから後はゆっくり積もる話でもしてくれ!ちょっと散歩してくるわ」

舞台の上ならこんな台本じみたセリフいくらでもいえるのだが、自分の本心を本人たちを前に話すというのはかなり緊張するらしい。だんだんと顔が熱くなっていくのが嫌でもわかった。たまらず逃げるようにその場を離れる。去り際に供えられたぼたもちを一つ掴んで迷わず口に突っ込んだ。口内にほどよい甘みが広がる。後ろから臣がなにか言っていた気がしたが聞こえなかったふりをした。

「……ありがとうございます。俺もアンタと芝居ができて嬉しいよ」



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