部誌10 | ナノ


幾億の星の中で



エンジンの音と、風を切る音。それ以外は静まった騎空艇グランサイファーの看板。
満天の星空の下で佇むそのひとの名前を、まだ知らない。



「よう」

まるで既知の友人に対するように、そのひとは声をかけてきた。あまりにも無防備なその笑みに、グランの肩の力が抜ける。夜空を飛ぶグランサイファーで、不自然すぎる不法侵入者は、どうにも緊張感が足りないようだった。
今までの旅の中で騎空士として腕をあげてきたグランである。恐らくは同い年ぐらいだろう不法侵入者の力量がどんなものか察知できるくらいには、長く旅をしてきた。そのグランの察知能力が、目の前の人物がルリアと同程度くらいには肉体的にか弱いことを示していた。そんなか弱い男が、果たしてグランサイファーにどのようにして侵入できたのだろう。ルリアのように星昌獣を召喚できるのだろうか。そう考えてすぐさま自分の考えを否定する。であれば、ルリアはグランに教えてくれるはずだからだ。

端的な挨拶に返事を返さないグランを気にもせず、不法侵入者である少年は空を見上げていた。はあ、と吐き出す息は白く、寒いのか体も震えている。よくよく見れば少年は寝間着の上から厚手のブランケットだけを羽織っている状態だった。

「星がきれいだ」

夜空の星を見上げ、感動を隠しもしないでそう漏らした少年の瞳は、きらきらと輝いているように見えた。

「なあ、お前もそう思わねえ?」

視線を逸らさず語りかけてくる少年の言葉に釣られて視線を空に向けたグランは、空の色が青だけではないことを久々に思い出した。




吸い込まれそうな夜闇に、無数の星が輝いている。
夢の中でもやっぱり星を追いかけている自分に呆れてしまうけれど、それでもやっぱり、好きだと思った。

幼い頃から、どうしてだか星が好きだった。小学生の時、図書室で読んだギリシャ神話の本のせいかもしれない。本を読んだ星を探すために、星図盤を手に夜更かししては両親に怒られた。高校では一人で天文部を立ち上げるくらいには、星が好きでたまらなかった。
宇宙工学的な興味がある訳ではなかった。宇宙へ行きたいと思わないこともないが、眺めているだけで十分だった。恐らく、星の興味の始まりがギリシャ神話から来ているからかもしれない。何百年も前の星の輝きを見ることができる、そうしたロマンを含めて、星が好きだ。
つまり厳密に言えば、無心になって、星を眺める時間が好きなのだ。

夢の中でまで星空を眺められるなんて、贅沢だなあ。
しかも見たこのない星空だ。星座盤で何度も調べたおかげで、星座の配置は覚えてしまった。あの星々にはどんなエピソードがあるんだろう。そう思うと、わくわくした。

そうして夜毎、眠りにつく度に、見知らぬ空を眺めていた。それはどこかの島だったり、飛行船だったり、眺める場所は様々だった。生憎紙も鉛筆も夢の中には持ち込めず、必死に脳内で星の位置を覚えた。そうして、毎日見る夢が、同じ世界のものであると知ることになったのだ。
思えば、何かの物語のように、ファンタジーめいた空飛ぶ船の上の夢を見たことが何度かあった。たまに見た甲板で居眠りする人々の服装は、みな同様にファンタジー映画で視たようなデザインだった。星以外のことに無頓着な自分でもはっきりわかるくらいに、現代にはありえない服装ばかり。しかも一部には、猫のような耳や小人、角を持っている人物さえいた。ここまで大がかりな夢はなかなかない。ハリウッド顔負けの映像だが、生憎を星以外は興味がない。無駄に贅沢な夢だなあと、夜空を見上げながら己の夢をそう自賛したのだ。
夢の中で誰かに遭うことはなかった。いても大抵が眠っていて、己を知覚する人間はいない。不法侵入を声に出さずに謝罪しながら、ひたすら夜空を眺めて過ごしていた。

だから、起きている人間に、初めて会ったのだ。

「よう」

ゴウンゴウン、という恐らくは飛行船の駆動音と、風を切る音の中で、発した声はあまり響かなかった。同年代らしいその少年に声をかけても、返答はない。訝しげにこちらを睨んでくるばかり。そりゃそうだ、不法侵入しているのはこちらだ。腰に剣がぶら下がっていて、その柄に手がかかっている。それでも夢だという自覚があったので、恐れることはなかった。さすがファンタジーと思ったが、それだけだ。現実味がない。それより星を眺めていたかった。

「星がきれいだ」

今日の夢も、綺麗な星空だ。
いつものように眺めるだけで充分だったというのに、気づけばそう口に出していた。夢見る度に見上げてきた星々に対する感動を、誰かと共有したかったのかもしれない。

「なあ、お前もそう思わねえ?」

少年が、釣られるように空へと視線を移した。
そこで、目が覚めた。

「――――ヘンな、ゆめ」

誰だよありゃ。
呟いた声は、自室の天井に消えた。


そうして何度も、同じ夢を見た。
今までは空に輝く星は同じでも、眺める場所は違っていて、同じ場所で空を見上げることはなかったというのに。
あれ以来ずっと、同じ船で、同じ人間と、同じ空を見上げている。

少年の名は、グランというらしい。父を追いかけて、イスタルシアとかいう桃源郷みたいなところを仲間たちと目指しているらしい。聞いたことない地名に首を傾げたが、まあ夢なんだしそんなこともあるだろう。他愛無いグランの話を、いつも夢のなかで手にしていたブランケットに二人で包まりながら聞いた。星を眺めながらのそれは、不思議と不快には思わなかった。いつもは邪魔されたくないと、静かな時間を好むのに。

「なあ、いい加減名前を教えてくれないか?」

グランの問いかけに、曖昧な笑顔で濁すのは、何度目だろう。
名前を教えるくらいお安い御用なのだが、どうしてか、夢の中だと自分の名前を思い出せないのだ。グランと話すようになって初めてその事実にぶち当たり、目覚めてから何度も自分の名前を呟いて両親に気味悪がられた。理不尽だ。
そうしてわかったことは、夢の中ではどうしても自分の名前を思い出せないということだ。眠る前には自分の名前をきちんと理解しているのに、どうしてか、夢の中では思い出せない。そして目覚めると自分の名前を思い出せることに心底安堵するのだ。

グランの話は、楽しい。知らないことばかりで、壮大な物語の一説を垣間見ている気分になる。星の力を持つモンスターがいるなんて最高だ。ギリシャ神話のようで、聞いていてわくわくする。話に聞く仲間たちも面白くて頼もしい人々ばかりで、グランの彼らに対する信頼が透けて見えて、聞いていてとても嬉しい気持ちになったりする。
楽しい時間だからこそ、目覚めた時に感じる名残惜しさは、名前を思い出した安堵と同じくらい、強い気持ちになりつつあった。

そんなことを、思っていたからだろうか。

「なあ」

名前を聞かれて、笑顔でやり過ごして。
いつもと同じように過ごしていたのに、その時は何かが違った。
グランの真剣な声に動揺を隠せず、なに、なんて少し震える声で応える。

「名前、教えてくれないなら、勝手に好きに呼ぶぞ」

ずっとなんて呼ぶか、考えてたんだ。
そう、笑みを零すグランの様子に、頭のどこかで警笛が鳴った気がした。

「――――、」

グランがその名前を口にした瞬間、ぶわりと大きな風が吹いた。
二人を包んでいたブランケットが、風に巻かれて夜空に消えてゆく。ああ、と残念そうにブランケットを視線で追うグランを、凝視するしかできない。

「どうした、――?」

それは、まるで自身をこの世界に固定するよう、な。



そうして、夢から醒めなくなってしまった。



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