部誌10 | ナノ


幾億の星の中で



 当時、僕は就活浪人性だった。
 まともな職にも就けずに大学を卒業してしまい、親も呆れ果てて仕送りも切られてしまった矢先であった。
 職も金もない。このままじゃ住む家もなくなってしまう。明るいどころか暗黒の未来しか思い浮かばなかった。
 途方に暮れた僕ができることは、近所の公園に置いてあるブランコに腰をかけてぼうっとするだけ。現実逃避しないとやってられない。
 ブランコをゆらゆら揺らして今後のことを考える。やりたいことも目標もなく、だらだらと過ごした大学四年はそれなりに楽しかったが、卒業してしまえばもっと他にやるべきことがあったのではないかと今更思い返す。まさに後に悔いると書いて後悔。だからといって大学時代で見つからなかったのだから無駄な後悔かもしれない。だから適当なところに就職して、なんて甘い考えで就職したらこのざまだ。地元に戻ったところで親から厄介者扱いされるだろう、最近兄嫁が子供を産んだばかりで孫に夢中だから自分がいたところでただの穀潰しでしかない。いまはなんとかバイトで食いつないでいるが、それもいつまで続くか分からない。なんだこれ、いまの自分めちゃくちゃ崖っぷちじゃね?
 キーコーキーコーとブランコの錆びたネジが回る音がなんとも物悲しさ漂わせる。まるで自分の心情を表しているようだった。本当に、これからどうしようか。
「立ち上がれレッド! 立ち止まらない限り、正義の心は死なない!」
 そのときだった。僕の鼓膜を突き破らんとばかりの声が突き刺さったのは。突如聞こえてきた大声にブランコから落ちかけたのをなんとか踏みとどまる。ここは住宅地に囲まれた公園、そんな大声を出せば騒音で苦情がきてもおかしくない。一体どこのバカだと辺りを見渡したら、公園の端のベンチで人だかりができていた。
「ハーハッハ! お前に一体なにができるというのだ流星レッド!」
「俺は諦めないっ! 共に戦う仲間を、仲間が信じてくれた自分を、そして自分の信じる正義を、信じ続ける限り俺はお前になど負けない!」
 声を高らかに腕を振り上げれば興奮混じりの歓声が上がる。観客は全て子供だった。一体いつの間に集まってヒーローショーを始めていたのか、気づかなかった自分に呆れてしまう。
 突如始まったヒーローショーに驚きからもあったが、それ以上に驚いたのはその戦隊も悪役も全て一人で行っているというところだ。まさに劇団ひとり。ヒーローショーを全て一人で行うなんて痛々しいともいえる光景なのに、なぜか彼から目が離せなかった。
 演技はお世辞にも決して上手いとはいえない。ヒーローも悪役もこれといって変化もない。けれど、必死で観客を楽しませようと動く彼の姿はとても輝いていた。その眩しさが人を惹きつける。年齢を見る限り自分よりも年下、高校生ぐらいだろう。若い。夢も希望も溢れてるであろう彼はいまの僕にはあまりにも眩しすぎた。
 結局、視線が釘付けになってヒーローショーを最後まで観てしまった。子供たちからの拍手に彼は嬉しそうにしている。
「よしみんな、もうそろそろ帰る時間だ! 帰ったらうがい手洗い忘れずにな☆」
「はーい!」
「千秋兄ちゃんまたショーやってね!」
「もちろんだ! 君たちが望めば俺はいつだって駆けつけるぞ! 何せ俺は正義の味方『流星隊の守沢千秋』だからな☆」
 ショーが終われば子供たちが一斉に家路へと駆けていく。彼は最後の子供がいなくなるまで元気よく手を降り続けていた。ここは遊園地なのかと錯覚してしまうほど、彼は最後まで正義のヒーローを貫いていた。
 子供たちに釣られて自分も帰るべきか悩んでいたら、最後の子供の姿が見えなくなった瞬間、彼から笑顔がなくなった。さっきまでの太陽のような笑顔が消え、現れたのは唇を噛みしめて何かを耐える顔。今にも泣きそうな、けれど必死に堪えようとしている。ドキリと心臓が跳ねた。一体あの笑顔をどうやって作っていたのか、もしかしたらあの大差のなかったオーバーリアクションの演技が本当の演技だったのかもしれない。僕はただ、呆然と彼を見つめるしかできなかった。
 なにが夢も希望も溢れているだ、あれでは夢も希望も諦めようとしているではないか。まだ自分よりも若い彼がそのような表情を見せられたら、今の自分があまりにも情けなさすぎる。見ず知らずの、それこそさっき初めて見かけた彼を変に気にかけるなんておかしな話かもしれないが、それでもまだ十代の彼をなんだか見過ごすことができなかった。
 ブランコから立ち上がった僕がまずしたのは彼への拍手だった。パチパチ、と公園に拍手の音がやけに響く。その音で彼は自分がいることに気がついたようで、ハッと顔を上げてこちらへと目を向ける。思っていたよりも幼い顔立ちをしていた。遠目から見ても僕なんかよりもずっとイケメンだし、声もよく通ってたからもしかしたら俳優志望なのかもしれない。
 驚きを露わにした彼は、僕が一瞬何をしているか理解できていないようだった。それでも僕は彼に拍手を送り続ける。こんな見ず知らずの男に拍手されても嬉しくもないかもしれないが、かける言葉が見つからないから拍手に込めた。
 ショーが面白かった賞賛を、彼の笑顔に不思議と元気を貰えた感謝と、そしてまだ若いのだから夢を諦めないで欲しいというエールを。自分でも恥ずかしいと思ったが、それをしてでも応援したくなるのはきっと彼の魅力なのかもしれない。
 呆然と立ち尽くした彼は、やっと拍手が自分に向けられたと気づいた。くしゃりと顔が歪んだ。泣くかもと一瞬ひやっとさせたが、それは杞憂で終わった。
 彼はすぐに瞳に溜まった涙を袖で乱暴に拭ったと思えば、笑って見せたのだ、泣くのを堪えて笑顔を作る。彼は子供ながらにしてプロだった。けれど、様々な感情が入り交じったはにかみに僕の目はまた奪われる。

 まるで幾億の星の中で一際輝く一等星、『流星隊 守沢千秋』との出会いだった。



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