部誌10 | ナノ


幾億の星の中で



 漆黒のホール一面に水色のコンサートライトの光が、歓声を伴って揺れている。手を振るように左右に揺れるもの、高く掲げられるもの、それぞれが個々に揺れ、大きなうねりとなって白く輝くステージを鼓舞している。
 何千、何万、数え切れない光それぞれに、アイドルたちへの熱い愛情や応援、感謝、感激、想いのたぎりが込められているのだと一目でわかる。
 圧倒的な光景だった。

 二階スタンドに設けられたボックス席、いわゆる関係者席と呼ばれるそこで、ごく一般的な企業の、一般的な営業職に就く俺は、かの有名な歌姫高垣楓と膝を並べていた。視線の先にはステージ上で煌びやかな衣装を身に纏い、堂々たるパフォーマンスを披露する俺と楓の大事ないとこの姿。熱烈な照明に照らされたあの場所で、歓声を一身に受けて笑顔を振りまく精悍な顔立ちの青年は、まぎれもなく俺のいとこの鷹城恭二だ。仕事のときは特別に染めるという髪の毛の色こそ違えど、俺が幼少期より弟のように可愛がってきたあの子であることは揺るぎない事実である。
 なのに、どれだけ目を擦っても、あそこに立つ恭二は俺の知っている恭二と全く別人だった。俺はぽかんと口を開けて、彼の歌い踊る姿を眺めるしかできない。
 Beitの歌声が、王子様然としたキラキラ輝く曲調に乗って、何千人もの観客を沸かす。アイドルとしての彼らが地道な活動によって人気を得てきているのは知っていた。彼らの所属事務所自体がブランドとしての力を付けてきていることも知識として知っていた。
 しかし、こんな、空気を震わす、リアルタイムの音響で拡声された歌声が。モニターに大きく映る、自信に溢れた恭二の笑顔が。こんなにも観る者の心を揺さぶるとなんて、予想だにしていなかった。
 粟立った肌が、会場の興奮を敏感に感じ取る。俺は予想を遙かに超える熱量に、呆然とするしかなかった。
 俺とともに恭二から招かれた楓が、マスクで隠した口元を俺の耳に寄せた。
「これがアイドル、ですよ」
 ふふ、と耳元をくすぐる柔らかな笑い声は、耳をつんざく歓声にかき消された。男女の別なく、恭二やBeit、315プロダクションに愛を傾ける人々の、渾身の叫び。
 俺は、その空気に、光景に、愛情に、久しぶりに目にする恭二の素直な笑顔に、言葉を失った。



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