部誌10 | ナノ


哀歌

不意に聞き覚えのあるメロディが雑踏の中で耳に入り、レオは後ろを振り返った。
「どうした陰毛」
「や、なんか聞き覚えある歌聞こえたなぁって」
「ああ?てめえの聞き間違いだろ、ついに頭だけじゃなくて耳まで陰毛生えちまったなのかぁ〜?」
「耳の中に陰毛生えるってなんすか、ただのホラーじゃねえか」
先輩からの中傷も語彙力のなさに慣れればあまり気にならなくなる。軽く流そうとしたがそれが癪に障ったようで思いっきり尻を蹴られた。そうやって暴力で解決しようとするのどうかと思うんですが。
ザップに蹴られた尻を労って擦っていると、またあのメロディが聞こえてきた。テレビから流れたものでなく、誰かが鼻歌混じりで口にしている。しかし、レオが気になったのはその歌だけではない。歌う声に非常に聞き覚えがあったからだ。
キョロキョロと辺りを見渡す。鼻歌が聞こえたのだから近くにいるはずだと探してみればその相手はすぐに見つかった。
「ママさーん!」
信号を待つその背中に向けて声をかける。人が行き交う場所で届くか不安だあったが、相手が振り返ったことですぐに解消される。





「やだレオきゅんじゃな〜〜〜〜い!!」
レオを視界を捉えた途端、相手は花を咲かせんばかりに喜びを露にした。そのまま横断歩道から離れるとぶんぶんと腕を振りながら人を掻き分けてレオ達の元に近付いてくる。ーーー正確にいえば、周りがモーゼの如く相手から離れていく。勢いよくレオ達に向かってくる相手にザップが「んげぇ」と心底嫌そうな声を上げた。レオ達に勢いよく向かってくるその姿はまるで有名な動物映画に出てくるイボイノシシを彷彿とさせたがさすがに口にしたら命がないことぐらいはわかっていた。しかし、そのレオの気遣いをよそに後ろでザップがぽそりと「プンバかよ」と口にしたのを肘鉄で咎める。幸い、レオ達の前にきても相手は笑顔のままだったので聞かれてはいないのだろう。
「こんなところで会うなんて奇遇じゃな〜〜〜〜い!」
「あ、アハハ本当に偶然っすね…」
相手は最近上司経由で知り合ったばかりのバーのママであった。ママはママでも性別はレオと同じ男、それでも心は女性なのでレオはママと呼んでいる。



ママからいまにも抱き付いてきそうなほど詰め寄られてしまい、さすがにレオもたじろいでしまう。自分よりも頭2つどころかザップよりも背の高いものだからレオの視界は逞しい胸筋しか入って来ない。会話をしたくとも近すぎる距離ゆえに首を直角まで曲げなければならなかった。それにすぐに気付いた相手は簡単な謝罪をして一歩下がる。
「二人ともこんなところでどうしたの?あ、わかったぁ〜〜ブンちゃんのお昼ご飯のお使いでしょ?」
「まあそんなところっす、ママさんもこんな時間に外いるなんて珍しいっすね」
「んふふぅ、ちょっと今日は用事があったのよぉ。ってザップきゅんど行こうとしてるの!」
レオきゅんばかりに仕事押し付けたら駄目でしょ!と目にと止まらぬ早さで腕が伸びる。その手の先には背を向けたザップがいた。
「離しやがれクソカマ!俺はてめえみたいな異界人に構う暇ねえんだよ!!」
「残念ながらあたしは生まれも育ちも元紐育ですぅ、あたしに会えたのが嬉しいからってそんなツンデレな態度取るのはどうかと思うわ」
「照れてねえし!!!」
必死で相手から逃れようと全力で暴れるザップだが、振り払えないどころか腕さえも微動だにしない。それから数分、息を荒げてぐったりしているザップの姿があった。ちなみに相手の方は疲れも一切見せずにレオに話しかけてくる。
「ブンちゃんの行きつけサブウェイならそこ曲がってすぐのところよー、あそこは他の店よりも具多めに入れてくれるから買うならそこにした方がオススメよ」
「わ、マジっすか?教えてくれてありがとうございます!」
「いいのよぉ、レオきゅんたち可愛いからついつい助けたくなっちゃうの
バチンッなんて効果音が聞こえてきそうなウインクをされてしまい反応に困って乾いた笑いしか出てこない。これが美人だったらときめくところだが、生憎相手は一番偉い上司並のガチムチのオカマだ。もう見慣れたので気にしなくはなったが苦手意識のあるザップは遠慮なく吐き気を催していた。もちろん、そのあとママの得意技アイアンクローを喰らった。自業自得である
地面で撃沈しているザップを無視してレオはずっと気になっていたことをママに尋ねた。
「そういやママさんさっき懐かしい歌歌ってましたね」
「あらやだ、レオきゅん聞かれてなの? やだ〜恥〜ず〜か〜しい〜〜〜〜〜」
「アハハ、昔妹と見たことがあったんで…なんとなく覚えてたんです…」
まだ妹の目が見えていた頃、TVに流れていた古い映画を見たことがあった。妹はその映画が好きだといい、その中で流れる歌を気に入って一時期よく口ずさんでいたのを覚えている。それによってレオもいつの間にかそのメロディを覚えてしまった。
ママが歌ってたのは、その曲だった。懐かしい妹との思い出の歌だからこそ、いつもよりも意識してしまったのかもしれない。
そのことを話せば、ママはそうと答えて目を細める。
「妹さん、趣味いいのね。私もその映画とっても好きだったわ」
「そうなんすか?」
「ええそう、あたしの……知り合いも、その映画も歌も大好きだったの」
だから二人で何回も映画館で見たわ、と楽しげに話す彼女はどこか寂しげであった。その様子があまり触れてはいけない話題だと察し、話題を変えようとする前にママが明るい声を出してすぐさま話題を切り替えた。
「そうだ! そういえばいまサブウェイってキャンペーン中だったはず!」
「え、そうなんすか?」
「そうよぉ、いまの時間割引いてくれるからもしかしたらお釣り多目に出るかも」
「マジかよ!そしたら余った金で馬券買うぞ!」
さっきまで死体になってたのが嘘のように元気に起き上がったザップ。おつかいだからともらったお金で馬券とは、あまりのクズさに呆れてなにもいえず可哀想なものとして見ることしかできない。
そんなザップとレオをママはくすくすと笑った。
「うふふ、さすがに馬券はやめたほうがいいわよ。ブンちゃんそういうのすぐに気付くから」
「うげぇ」
「でも彼のことだからきっと二人の昼飯も込みで渡したかもだから、少しは贅沢できるかも」
「ひゅうっ!番頭太っ腹!そうと決まればさっさと行くぞ陰毛!」
「ちょっ、ザップさん引っ張らないでくださいよ! あ、ママさんまた店遊びに行きますから!」
早く昼飯が食べたいのか、それともこの場から早く立ち去りたかったのか、ザップはレオの首根っこを掴んでさっさと立ち去ろうとする。まともに挨拶も出来ずに笑顔で送るママに頭を下げることしかできなかった。

「そういや、さっきの映画ってどんな話なんだ?」
ママのいうとおり、サブウェイのキャンペーンで多目に出たおつりからいつもよりもワンランク上のホットドッグを食していると唐突にザップが話題を持ちかけてきた。
「え、興味あるんすか?」
「ねえけどなんかお前らで盛り上がってたからムカついた」
仲間外れされて寂しい子供か、というのはもちろんいわなかった。
でもここで無下にしたらさらに面倒なのも知っている。記憶を辿って映画の内容を思い出し、簡潔に説明した。

「奥さんと娘さんを事故で亡くした男が、奥さんの夢を叶えるために女装してブロードウェイ女優になろうとするコメディ映画っすよ」
「なんじゃそりゃ、めちゃくちゃB級臭する映画だな」
「いやまあ確かにB級でしたけど中々面白かったんですよこれが」
「ふーん」
さほど興味もないようで、その話題はそれで終わった。世話しなくホットドッグかぶりつくザップを尻目にレオも自分のを頬張る。
いつもより贅沢な気分を味わいながらも、さきほどのママとのやりとりを思い出した。
知り合いが好きだといった映画の劇中歌を口ずさんでいたママ。昔の映画のそれをそこまで歌うとしたら、相当思い入れがあったのだろう。それは、映画なのか、一緒に見た相手なのかはレオが知るよしもない。
だが、自分にも思い入れのあるそれを今度久しぶりに借りて見てみようと思った。



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