部誌10 | ナノ


哀歌



「かなしいのか」
少年はわたしに、そう問うた。帽子をいつも被った少年は、わたしの教師だった。四足の生き物に乗った少年は、わたしにイレギュラーというものを教えてくれる。
わたしは彼が出したその設問に首を傾げた。
「わたしの感情があなたの感情の類似であらわすことが出来るものなのか、わたしにはわからない」
「かなしいっていうのは」
少年はそう言いながら胸に手を当てた。
「このへんが、ぎゅっと、いたくなって」
「心臓? それとも、トリオン器官ですか?」
「いや、そういうのではなく」
彼は、システム的な問題ではないのだという。
ふむ、とわたしは胸を押さえてみた。人間を模して構成されたトリオン体には体温がある。柔らかい肉のような感触も。
身体形は、実際に存在するボーダーという企業に務める人間である「迅悠一」という男の戦闘体のデータを流用してある。
しかし、その中身に人間は入っていない。
わたしはボーダー玉狛支部が開発していた、自律型トリオン兵だった。その開発は頓挫して、というよりも他の開発への優先度との兼ね合いで放置されていたのだった。
その開発が飛躍的に進み、こうしてわたしが他人と会話できる程にまで完成度が高まったのは、新しく玉狛支部にやってきた人物の所持していた「レプリカ」という多目的トリオン兵の協力があってのことだった。




レプリカは、わたしにとって「親」と言ってもいい存在だった。
わたしが戦闘体を利用して他者とコミュニケーションをとりはじめて、わずかな日数しか経っていない。
なのに、レプリカは先日の戦闘により、ここに戻ってこないのだと、この戦闘体の本来の持ち主は、わたしとそっくり同じ容姿で(わたしが彼と同じなのだけれど)そう告げて、わたしに頭を下げた。
わたしは彼らに使役されるために産み出されたツールであるはずなのに、彼は頭を下げた。
それが不可解でわたしは、「わかりません」と彼に述べた。彼は悲しそうな顔をして、困った顔をした。それっきり彼とは顔を合わせていない。

わたしは、生後数日で、親と分かれてしまったといえるだろう。

あまりにも親離れにははやすぎた。
あのとき彼に何といえば良かったのか、レプリカならわたしを修正してくれただろう。
レプリカに対する「未練」と呼ぶべきものはどうしても、迅悠一のあの困った表情に結び付けられてしまう、この不具合を、レプリカなら解析してくれただろう。
「……したいことは、あるのです」
「なにがしたいんだ?」
「捕虜」の世話で忙しいはずの少年はわたしのメンテナンスに根気強く付き合ってくれる。
「音楽を聴きたいのです。あるひとと、いっしょに」
わたしは少年にその音楽がどういったものか伝えるためにアーカイブを探った。人間の脳を模したアーカイブの情報量は少ない。膨大なデータの多くは忘却されていく。その中でそのデータはキチンと保存されてあった。クラシックというジャンルの音楽をただ流す深夜のテレビで偶然聞いた歌だったが、なぜか、その曲ならば彼を慰めてくれる気がしたのだ。
主旋律だけを、歌う。
人間の声帯を使って、彼の声で、わたしの声であの歌が再構築される。
目を閉じて、わたしの歌を聞いた少年は、少しだけ微笑んだ。
「なまえは、かなしいんだな」
おなじだ、と彼はそういった。



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