部誌10 | ナノ


寒い日のあたたまりかた



鼻先に雫が落ちた。雨と違う感触にふ、と視線を上げた。


縦縞だったっけ。
濃い色のグレーの空にひらひらとちらつき始めた雪の粒を見て、今日の気圧配置図を思い出した。
気圧配置なんてサッパリわからないが、ニュースで繰り返される「明日はとびっきりに寒いらしい」という情報を見ていた同居人が言った「縦縞だ」という声が耳に残っていた。
気圧配置の縦縞は典型的な冬型の気圧配置らしい。等圧線が縦に縞々になっていると雪になる。天気予報士がそう言っていたのを「縦縞だ」という声で思い出したのだ。
ひどく、ひどく、冷える日だった。でも、トリオン体では寒さも、暑さも、あまり関係がない。雪を見てはじめて、ああ、寒いのだと気付いた。
キンと骨が軋むような寒さは、好きじゃない。だけれども、今このときは寒さを感じたいと思った。
「お、雪か。今日は寒いもんな」
傘持ってきてたかなと、一緒に防衛任務に付いていた米屋が呟いた。
それに返事はなく、リーダーの三輪が「これで終わりか」とオペレーターに語り掛ける。それを三輪隊オペレーターの月島が肯定した。

『おつかれさま』
「おつかれ」
なまえがそういうと、三輪が無言でなまえに背を向けた。
A級隊員ではあるもののどこかの隊に入らず宙に浮いた状態でどこかの隊と合同で防衛任務に付いているなまえに、三輪は厳しい。
体育の授業での「ペアを作って」が苦手ななまえには少し厳しい状況だった。
のらりくらりと誰かの質問を躱すのは難しくなかったが、やっぱり、苦しい。
素知らぬ顔をしながら、なまえは早く帰ろう、と曇天を見上げた。

最近は便利になった。コンビニのおでんの入った袋を片手にさげて滑らないように歩く。傘を持っていないから本当はなるべく濡れないように小走りで走りたいのだけれど、シャーベットのようになった地面がとても危険で走ることができない。
現金なもので、寒いとなった途端に、寒さを感じない身体が恋しくなった。
家に帰ったら風呂に入ろうと心に決めた。
その間に、おでんが冷えてしまうなと考えながら、黙々と歩く。ダッフルコートにとけた雪がしみて寒くなっていく。
吐く息が白くて指先が冷たかった。

悴む指で、うまく鍵が使えなくてもたついていたら、内側から扉が開いた。
するりと伸びた手は、薄手のシャツ一枚で、雪の中を歩いてきたなまえにはそれがとても寒そうに見えた。
「おかえり」
伸びっぱなしのだらしない長髪を後ろでひとつに束ねた、東春秋が微笑んだ。
「帰ってたんだ」
何かと忙しい男である春秋は、あまりなまえより先に帰ってこない。だから、驚いて「ただいま」という言葉がするりと出てこなかった。
「寒かっただろう。早く入って」
そう言って誘われて、なまえは暖房の聞いた狭い部屋に入った。
「いつもこういうの食べてるのか」
なまえが提げたおでんを取り上げて春秋が言う。
コンロで彼が作ったらしいシチューが湯気を建てているのを横目になまえはいや、と言った。
「作る日もあるよ」
なまえがそう言うと、どうかなと春秋が首を竦めてわらう。

「風呂わいてるから先に入っておいで。出たらご飯にしよう。ゆっくり浸かってくるといいよ」
そう言いながら、春秋がなまえに服を脱げとせっつく。いつも、冷えた部屋に入って一人で服を脱ぎ散らかして、あついシャワーを浴びて、というローテーションをこなして、それから片付けて食事にする。
違うことに馴れなくてぼんやりとしているうちに、心配した春秋が、大丈夫か、となまえの手を握った。
彼の体温がひどく熱いと感じた。
「……つめたいな」
手をとった春秋が、その手を取り上げて唇にあてる。
指先から伝わる熱が、寒さのせいか狂おしいほどに恋しくて、なまえはその指を滑らせて頬に這わせた。冷たいと彼はぶるりと身体を震わせる。
それから。
「風呂、一緒に入るか」
と、なまえを誘った。



prev / next

[ back to top ]



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -