ふわり、微睡む意識の中に
白銀の雪景色に埋もれながら、なまえはこの世界が明晰夢であると理解していた。
記憶の果てにある、かつての自身の最期の光景、その反芻。
またか、と諦めの心地で早く目覚めてしまえと念じても、横たわった視界は微動だにしない。
恐らくは前世のものであろう記憶がある。その風景を今の世で繰り返し夢に見る。特に、己の最期の時を。
現代より数百年前、なまえの人生は忍びだった。
人に仕え、俗世の良し悪しも相対した者への生も死も、常人には適わぬ事柄を幾重にも連ねた。
その顛末が――忍びとして生きる段で覚悟はしていたが――誰に顧みられることもなく、路上に転がる塵のような些末な死だった。
片方の目からは既に光が失われ、両腕に加え片足もまた使い物にならない。
気怠い空気が全身を包み込み、もう指先を動かすこともままならなかった。
このまま雪の白に覆われ沈んでしまい、二度と春も拝めないだろう。
忍びとして自身はここで終わるのだと、なまえは現状を受け入れた。
と同時に、かつて押し殺したはずの自分がうっそりと起き上がり――
死の直前にして人として、女として、こんな誰にも知られぬ場で孤独に逝きたくはないと、静かに泣いた。
ここに来て恨み言を。こんな最期に本音を晒すか。
最後の力を振り絞って自嘲する。それが、前世におけるなまえの終わりの記憶。
「なまえ」
聞き覚えある声音に名を呼ばれ、なまえの意識はもがいても一向に抜け出せなかった夢からふわりと離脱した。
そっと目を開けば、前世において見知り合い、現世において再会した想い人、鉢屋三郎が案じる眼差しでなまえを覗き込んでいた。
「鉢屋くん……バイトは?」
「雷蔵に代わってもらった。なまえが心配で集中できないだろって、代わってくれと頼む前に言われて」
と、おどけて肩を竦める三郎。
恋人の看病の為にバイトを休んだとあれば、彼の友人たちにとっては恰好のからかいの種になるだろうに。
そう思いながらも素直に嬉しいと感じるなまえは、ありがとうと囁いて再び微睡みに浸り始める。
「ごめん、鉢屋くん……折角来てくれたのに……」
「構わないさ。今のなまえにはゆっくりと休むことが何より大切なんだ。それに、元気になったら今できない分も併せて甘えるから、覚悟しておけよ」
甘える、などと普段の三郎なら口にしない約束に分かったと頷き、
(鉢屋くんの、香りがする――)
だから大丈夫だと、なまえはほっと息をついた。
また最後のあの日、雪の夢を見てしまっても呑み込んでみせよう。もう、冬に閉ざされ泣いたりはしない。
その先の、何百年もの先の今で目覚めれば、彼と春を迎えられると知っている。
この瞬間に、それを自身に焼き付けたのだから。
なまえはふと微笑んで、三郎に促されるまま、そろそろと瞼を閉じた。
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