部誌1 | ナノ


ふわり、微睡む意識の中に



汚れた手。染み付いた血のにおいを誤魔化すために慣れた手つきで煙草に火をつける。この汚れを早く洗い流したくて家への道を急いだ。車を停めて窓を見ても電気はついていなくて、彼女はおそらくいないのだろう、きっと明日も仕事なのだろうと適当な予想をつけてポケットの中ですっかり冷えてしまったキーケースを取り出した。
古びたドアを開けると部屋は真っ暗で、予想はしていたけれどやはり少し気分は沈む。

しかし、家を出たときと風景が少し違った。
テーブルにはきっちりと夕飯が用意されていて、今朝まであったはずの溜まった洗い物も洗濯物もすべてきれいに片付けられていた。だがそれをしてくれたであろう彼女の姿が見つからない。あぁやっぱり来てたのかと虚しくなる。
とりあえず汚れた体を綺麗にしようと浴室へ向かおうとした刹那、視界の端に映るベッドの人影。彼女は携帯を手に持ったまま眠っていて、その手と時計の針を見渡して胸をなにかに刺されたような感覚に陥った。

ベッド脇から寝顔を見つめる。彼女だって疲れているはずなのに、こんな、俺の世話ばかり。
暗い夜も手伝って罪悪感と自己嫌悪に苛まれてぼーっとしていたら、ベッドに投げ出されていたはずの小さな手が自分の頬に触れていた。

「…けー、け…どしたの、?なんかあったの…?」
「…いや、なんでもない。ただいま。起こしたな、ごめん」
「起きたの。おかえりなさい」
「お前、明日休みなのか」
「うん、KKは?」
「奇遇だな、俺もだよ」
「休日ずっといっしょに過ごすなんて久しぶり、うれしい」
「そうだな、まぁ明日はゆっくりするか。…疲れたわ。シャワー浴びてくる」
「うん、わかった」

自分に触れている手を握り返すこともできずに逃げるように浴室へと向かった。綺麗に汚れを落としたら思いっきり抱きしめて朝まで離さないんだと年甲斐もないようなことを考えながら汚れた服を洗濯籠へと投げ入れる。
最近ご無沙汰してたからなぁ、買い置きあったっけか、確認してねーわ。まぁいいか。俺もまだまだ若いじゃねーか。なんて、ちゃっかり久しぶりに彼女と過ごす夜に嬉しくなっている自分に気づいて、あぁ単純だと恥ずかしくなり誰にも見られていないのに顔を押さえた。

おそらく彼女はまた眠気に負けて目を閉じているだろうから、どうやって覚醒させようか、なんていろいろ考えてみる。せっかくいっしょにいるのに、夢の中に彼女をとられてしまっているなんてそんな仕打ちはないだろう?
部屋に戻るとやはりしあわせそうな寝顔が見えて。たまには許されるよなぁ、と夢の世界から引きずり戻すために少し強引に口づけた。

ふわり、ふたたび目覚めた彼女と目が合うまで、あと少し。




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