部誌1 | ナノ


ふわり、微睡む意識の中に



厳重に警備されてる騎士団本部の奥。
彼が今力をそそいでる研究があるその部屋をノックし、返事も聞かずになまえは足を踏み入れた。
確かめずに来たが、案の定いた彼に、なまえはすこし笑みを浮かべて口を開く。

「アレクセイ。件の『備え』について、前から交渉していた貴族から直接援助を受けられることになった」
「そうか!」

報告するなまえの言葉に振り返るアレクセイの顔には、明らかな喜色が浮かんでいる。
それを見た瞬間、あぁ、これは夢だ。と理解してしまった。
途端に見ている光景が、振り返る思い出のように色あせていく。
同時に、離れた所から彼らを眺める様なイメージで、夢の中の自分と、夢と認識している自分が離れた。
それでも、過去に焦がれる様なこの夢が、覚める気配はない。

「表向きは人魔戦争の復興支援だが、意味合い的には同じだろう。今まで便宜を図ってきた甲斐があったな」

今行っている研究には莫大な費用がかかる。
まだ騎士団の地位が評議会に劣る現在では、なかなかその研究を維持するのは難しい状況にあった。

「彼は貴族にしてはまだましな人種だ。そのうち、騎士団の地位も確固たるものになる。例の予算案も可決されるだろう」
「アレクセイ」

少し笑いながらも、なまえは咎めるようにその名を呼ぶ。
人魔戦争後に出会い、短い間にお互いを信頼するようになった友の名を。

「本部の厳重な警備の下だからいいけど、外でうっかりそう言う話をしちゃ駄目だぜ」
「私がそんな愚を犯すとでも思うのか」
「思わないさ」

ただの戯れだ。と笑うなまえに、アレクセイは呆れたように嘆息をする。

そうだ。この頃はこんな遣り取りも交わす事が出来た。

重く胸の内に淀み始めた感情を振り払い、かつての自分たちを眺める。
今の自分には見慣れ、馴染んでしまったその部屋では新たな兵器の開発が進められていた。
もとより素質がある天才であるアレクレイと、その道の天才を自負するなまえ。

「俺はここで仕事するけど、アレクセイは?」
「今日は少し余裕がある。君と術式を詰めることにしよう」

そう言いながら術式に手を加えていくアレクセイに、同じく設計と他の術との連携を考えながら図面に起こすなまえの間に会話はない。
互いに黙々と仕事をする

「……君には感謝している」

不意に言ったアレクセイの言葉に、なまえはぴたりと手を止めた。

「驚いた。行き成りやめてくれよ。殊勝なアレクセイなんて、なにか起こる予兆みたいだから」
「だが、感謝しているのは事実だ。君と出会えなかったら、これの開発はここまで進んでいなかっただろう」

今まで言うタイミングを逃していたのだと生真面目に言ったアレクセイに、なまえは今度はやわらかく笑う。

そういえばあの頃の自分は、良く笑っていた。

「俺はお前の理想についていこうと決めたんだ。礼を言われる事じゃない」
「それでも、君には感謝している。研究の事だけじゃない所でも」

その珍しい心情を吐露した言葉に手を止めて、なまえはアレクセイと向き直った。

「それはお互い様だ。力の使い道も見つけられず彷徨ってた俺が、初めて誰かの力になりたいと思った。おかげで今は人生が楽しいよ」
「それは初耳だ」
「お前が恥ずかしい事を言うもんだから。黙ってるつもりだったのに」

少し照れたようななまえにアレクセイはおかしそうに口元を笑みで歪める。
普段から飄々としたなまえのそんな反応が物珍しいのだろう。

「君は私の理想と、帝国の未来に必要な人間だ。これからもよろしく頼む」
「俺は、お前の力になれれば嬉しいよ。友としてもな」

研究の事だけじゃない。と先ほどアレクセイが濁した言葉をなまえははっきりと口にする。
アレクセイが人魔戦争で唯一の親友を失った事は知っていた。
だからこそ、代わりにはなれないがこの多くを背負った彼の支えになれればとの想いは伝わっていたらしい。
友と認め、気の置けない相手だと思ってくれている事に、なまえは確かな喜びを感じた。

帝国の腐敗した政治がいつか民に平等さを与えるものとして変わる事を、夢見ていた。
自分たち2人と、アレクセイが作り上げた騎士団によりもたらされ、帝国に輝かしい未来が訪れるはずだ。

抱く意思と希望は互いに同じ。
どちらともなく笑い合い。

――そして。






「寝ているのか。なまえ」

もう今では当たり前になった、私情の感じられない声が聞こえた。
微睡む意識は現実に戻ってきているようで、彼の気配が近寄ってくるのを感じる。

「泣いて……いるのか?」

少し戸惑ったように言うアレクセイは、そのまますぐ隣で足をとめた。

「もう少しだ。もう少しで、我らの理想は遂げられる。だから」

一層意思を固くするように途切れた言葉に、目覚めない意識の奥で違うと、そうじゃないと首を振る。
変わってしまったお前が、変わってしまったお前が描く未来が、悲しいんだ。

あの、2人でよく徹夜をした研究室。
苦労してあつめた様々な文献や資料。貴重な本。
そして多くの部下たち。
それらをただのくだらない貴族の当てつけで、一度に失った瞬間の事を、未だに夢に見る。
失ったモノより、人魔戦争に耐え復興を目指していたアレクセイの、志が折れた瞬間を良く覚えている。

強く、人をひきつけてやまなかった光は今や鋭く凍える様な冷たい光だ。
目的の為なら人道を外す事も厭わなくなってしまったその心に、もはや彼は疑問を抱かない。

俺がその先に希望を見たアレクセイはもういない。

だけど今でも彼の隣に居るのは、あの時支えきれなかった俺の無力さを忘れないためだ。
どんな結末を迎えようとも、共に居ると誓った。


そろそろ起きなくてはいけない。
微睡む時間は、終わりだ。




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