部誌1 | ナノ


ふわり、微睡む意識の中に



「ゆう、大丈夫?」
「平気。ちょっと疲れただけ」

こちらを心配そうに見る主になんとか笑いかけて、ふらつく足に力を入れ直す。
こんなところでふらついていたら、ただでさえよそ者というだけで立場の危うい主を、半端者すらまともに扱えない使えない奴にしてしまう。それだけはなんとしてでも避けたい。

「無理そうだったら言ってね。僕には今の戦況や勝敗よりも、君の方が大事なんだから」
「そういうの、他の人に聞かれたら困るんだから口にない方がいいよ」
「ふふ。心配してくれるの?嬉しいなぁ」
「……そんなんじゃない」

ほら、またその笑顔だ。主がその笑顔をする度になんとなく息苦しくなるんだ。その笑顔を見ると、なんだか足元がぐらつくような、そんな変な感覚に襲われるんだ。
そんな主の笑顔から視線を外し、不意に視界に入った風に巻き上げられた僕の羽が一色でないことに、少しだけ苦い感情に襲われる。けれど、今はそんなことを考えている場合じゃない。

「……ゆう、本当に大丈夫?」
「まだ大丈夫」

少しだけぐらついた僕をちらりと見る主に笑って返す。そうすると主は小さく頷いて前に向き直り、びしりとヒビの入った結界に小さく舌打ちした。

「作り直す?」
「平気だよ。ゆうは攻撃に集中していて」
「了解」

主の言葉ににこりと笑い、魔方陣を宙に描く。
他の使い魔の奴らはそんなことをしなくても魔力を扱えるけれど、僕はそれができない。周りからは主の使い魔とは呼ばれているけれど、僕はちゃんとした使い魔じゃない。
人間でもない。魔物でもない。鳥の姿になることはできるけれど、鳥でもない。主との契約でかろうじて使い魔として機能できているだけの半端者。
どうしてそんな半端者なのか、どうしてそんな僕を主は使い魔にしたのか、僕は知らない。
最初の記憶は白い部屋の中で「今日から俺が君の主だよ」と微笑む主。
それより前のことを思い出そうとすると、頭の奥でぎしぎしと何かが軋むような感覚に襲われる。
そう主に話すと、決まって「無理に思い出さなくていいんだよ」と頭を撫でてくれる。そうすると、不思議と痛みはなくなって、そんなことどうでもよくなってしまう。
どうしてそうなるかだなんて、僕には全く理解できないのだけれど、理解しようという気にもなれない。

「主、」
「うん。とりあえずここは一先ず離れようか。ゆうはあっちの森から本陣に向かって。来て欲しいタイミングになったら呼ぶから」
「わかった」

攻撃に気を取られて自分の身体の状態を人間の姿に保てなくなりつつあった、かすかに羽毛に覆われ始めていた僕の頬を撫でて主はちょっとだけ笑った。

「じゃあ、また後で」
「うん。後でね」

主は軽く僕の背中を押して反対の方向に歩いていく。
森を通り抜けていけば、遠回りになるけれど本陣に行ける。ただそれだけだというのに、なんだか森に入るのをためらわれる。
どうしてだろう。

「でも、行かなきゃ」

主が“この道を通って本陣に戻れ”と言ったのだから、“ほかの道を進む”という選択肢はあってないようなものなのだ。

「それにしても、なんでこんなに相性が悪い道を選ばせるんだろう」

いくら僕の属性がほかのよくいる鳥の使い魔とほぼ同じと言っても、僕は半端者だ。
主がそばに居るわけでもないし、何かがあったとしても主からの魔力の補給をしてこなかったから対応できるとも思えない。
なんで主はこんなことをさせるのだろう。
主は本当に変な人だ。僕が主の言葉に本当に従うのかどうか疑っているのだろうか。
僕には主しかいないのだから、主がそうしろと言ったことは例え実現不可能なことだろうと僕はきっとそれを実現させるためにあらゆる手を尽くすだろうに。
主は、僕を信じてくれていないんだろうか。

「ゆーちゃん…?」
「え?」

不意にかけられた声に僕は弾かれたように声のした方を見る。そして、声をかけてきた相手を見て、僕は絶句した。
いつも鏡で見る顔が目の前にある。でも、ここには鏡がないはずだし、そもそも服装も違う。ということは、相手は僕ではない。その上、僕は目の前の相手が誰だか知らないし、相手は僕を知っているらしい。
一体どういうことだ。

「ああ、やっぱりゆーちゃんだ。こんな所で何してるの?ていうか、ゆーちゃん、いつの間に“完成”したの?まだあと5年ぐらいは“鳥籠”の中じゃなかったの?」
「しゅー、ちゃん」
「うん。覚えててくれたの?よかった」

にこにこと笑いながら近付いてくる相手に戸惑いながらも、ぽろりと口からこぼれ落ちるように出た言葉に相手が更に笑ったことに戸惑いだけが増えていく。
自然な素振りで近づいてきて、何でもないように軽く腕を掴まれる。振り払おうとしてもそれができないぐらいの力で。

「まぁ、そんなことはどうでもいいや。ねぇ、ゆーちゃんはなんでここに居るの?誰かと契約したの?ねぇ、どうして“未完成”でこんな場所に居るの?」

ぎり、と僕の腕を掴む手に力が入る。
わかりたくない。痛い。嬉しい。怖い。悲しい。ごめんなさい。わからない。
ぎしぎしと痛む頭と、自分ですら理解できない感情の渦。僕の心の底まで見抜きそうな鋭い瞳から逃げるように僕は目をそらした。

「まぁ、そんなこと聞いたところで、どうせあの人なんでしょ?だから俺は嫌だったんだ。あの人と君が会っているのは。君を見る、あの人の目が」
「あの人…?」
「わかってるんでしょ?知らないふりしないでよ」

思わず聞き返せばまた鋭い視線。
どうして僕と瓜二つの彼はこんな表情をするんだろう。いったい僕が何をしたというの。
ぎしぎしと痛む頭を軽く振り、ぐらりと揺れる視界に慌てて踏ん張る。

「ゆーちゃん?」
「知らない……僕は君を知らないし、君が誰のことを言っているのかわからない。ねぇ、お願いだから手を離して。行かなきゃならないんだ。主が僕を待っているから」
「主ってあの人でしょ?そんなこと言われて素直に俺がこの手を離すと思ってるの?」

強い意志のこもった瞳を負けじと僕も見つめ返す。
けれど、耐えられない。多分、彼には僕の戸惑いも焦りも何もかも筒抜けなのだ。
なんとなく、そんな気がした。

『ゆう、』

頭の中に主の声が響く。主からの、念話だ。

「やっぱり、あの人だ…」
「あ、主…っ」

僕の腕を掴んだままだったからなのか、波長が合ったからなのか、目の前の彼にも主の声は届いたらしい。
苦々しげに彼は呟き、僕の腕に爪を立てる。それが怖くて半ばすがるように主を呼ぶ。

『ゆう?誰かといるの?』
「俺だよ、外道」
『君、は……』
「まさか忘れたとは言わないよね?」
『君がここに居るとは、ね…』
「俺だってお前がここに居るとは思わなかったさ。……いや、お前はあの地に居ることができなくなったのだから、こんな所で出会っても不思議はない、か。どうだ、外道。あんな方法で手に入れて嬉しいか」
『君になんと言われても痛くも痒くもないよ。君たちが見捨てたから僕が拾っただけさ』
「馬鹿なことを。何も知らないくせに勝手に判断して、勝手に我が物にしやがって。いつまでごまかしきれると思っている」
『さぁね』

最初は不思議そうだった主の声が、彼の言葉を聞いた途端に焦りと戸惑いがにじむ。そして、彼の声はだんだんと刺が目立ち始め、主の声もそれにつられるように刺を含み始める。
主は、彼のことを知っているのだろうか。彼は、主のことを知っているのだろうか。二人は、一体何の話しをしているのだろうか。

「ある、じ…」

思わず口から出た声は、自分でも驚く程震え、かすれていた。
もしかしたら、僕は泣いているのかもしれない。

『……ゆう、戻っておいで。今すぐに』
「は、い…」

主が溜息をついたような気がして、何だか苦しい。
主からの念話が途切れ、僕の腕を掴んだままの手を外そうとそっと手を添えると、緩んでいた力が再び強まった。

「ゆーちゃん、君はそれでいいの?」
「……」
「君がそれでいいなら俺は止めない。苦しくなったらいつでも俺の所においで。俺がどこに居るか、君にはきっと、わかるから」

じっと僕の目を見る彼に何も言えずにいると、彼は少しだけ寂しそうに笑ってから僕の腕を掴む力を緩め、僕が彼の手を外しても、何も言わなかった。
何故だかそれすら苦しくて、僕は鳥の姿になると主の所に一目散に飛んでいった。

「あ、るじ…ある、じ…」
「大丈夫だよ、ゆう。怖がらなくていいよ」

主の所にたどり着くと、周りの目もなにも気にする余裕もなく主の腕の中に飛び込んだ。
すぐそばで聞こえる主の声の、優しく頭を撫でてくれる主の手の、伝わってくる主の鼓動の、その全てが僕を安心させ、不安にもさせた。
ただ、主の元にたどり着いたという気持ちと、魔力をほぼ使い果たしたことに対する倦怠感がじわりじわりと僕を侵食してくる。

「大丈夫。大丈夫だよ、ゆう。だから、今はゆっくりおやすみ」

優しく言い聞かせるように言う主の声に、とろりとした眠気が僕を侵食していき、意識が遠のいていく。

ふわり、微睡む意識の中に、背中を向けて離れていく誰かの姿が見えた気がした。




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