部誌1 | ナノ


君の体温



沈黙は金、とはよく言ったものだが、それにしたって喋らなすぎだろ、と箸を舐りながら俺は思った。

ぼんやりと向けた視線の先にいるのは俺のダチの水戸部凛之助そのひとである。今ちょっと俺文豪っぽかった? そうでもないか。

水戸部は喋らない。俺の知る限り喋っている姿を見たことがないし、俺や、水戸部の周囲の人間ですら見たことがない、はずだ。水戸部とコミュニケーションをとるには小金井慎二が必要だ。
小金井はすごい。水戸部の顔や目を見るだけで意志を読み取り、代…代…代言…? してみせるのだから。どうやってんのって聞いても得られた回答は支離滅裂で理解できないから、思いっきり感覚的なものなんだろう。

いいなあ。俺だって水戸部とツーカーになってみたい。水戸部の意図を汲み取ってやりたいけど、どれだけ頑張っても無理だ。感情の機微くらいはなんとなく把握できるようになった。でも小金井みたいに思ってること全部理解してはやれなくて、やっぱ小金井すげえなあって思って、悔しいなあって。

残り少ないパックジュースをじゅるじゅる啜りながら楽しそうに会話してる水戸部と小金井に、俺だって、水戸部のこと全部わかってやりたいのになあ、って思う。
うまくいかない。ままならない。悔しい。切ない。色んな感情が混ざり合って、なんだか気分が悪くなってきた。ミルクティーはやっぱ米には合わないのかもしれない。

気持ち悪いのを誤魔化すようにストローをかじってると、大きな手にパックジュースを取り上げられた。あったかい手に何故か気持ち悪いのがなくなって、見上げたら水戸部の心配そうな顔があって。結構雄弁な瞳が大丈夫? って訊いてる気がしたから、俺はこくりと小さく頷いてみせた。
水戸部がほっとした顔して、俺の頭を撫でた。それでもその瞳から心配してるって色はなくならなくて、心配かけちゃったなあって、ほんとに大丈夫だよって、撫でてくれる手に頭をぐりぐり押しつけた。

優しく頭を撫でられて安心する。水戸部の手はすごい。あったかいその手に撫でられるだけで、痛いとことか、しんどいとことか、悪いもん全部なくなる気がする。水戸部のあったかい手は俺の万能薬みたいだ。

ひとしきり撫でられて、水戸部は途中だったご飯に戻った。なんとなく寂しくて、椅子を引っ張ってって水戸部のでっかい背中に背中を預ける。ちょっと笑った気配がして、気恥ずかしいのを隠すように目を瞑った。背中からじんわりと伝わる水戸部の体温が暖かくて心地よくて、万能薬なのは手じゃなくて、水戸部なんだなあって思った。




昼休みも残り少ないというのに水戸部の背中にもたれかかって寝入ってしまったなまえに、一連の出来事を見ていた日向たちは溜め息を吐いた。

「みょうじのコガに対するフィルターは相変わらずすごいな……」

「コガだって全部分かってる訳じゃねえのにな。あれ適当に言ってるだけだろ?」

「水戸部くん、たまにすごい必死に首振って否定してるものね」

なまえが崩れ落ちないように気を遣いながら小金井と会話しているように見える水戸部だが、多分あれ半分くらいは適当に相槌打ってる、というのが二年生の見解である。

「俺はそれより会話すらなく意思疎通できてるみょうじの方がすごいと思うけどな……」

伊月の言葉に日向もリコも深く頷いた。
隣の芝生は、いつだって青いのである。




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