部誌1 | ナノ


君の体温



季節の変わり目や生活環境が変化したことで体調を崩すという話はよく耳にする。
だから水嶋自身もまた、久方ぶりに39度近い熱を出して寝込む羽目になった理由を、そうした問題が原因ではないかと靄がかる思考の片隅で思い浮かべていた。
星月学園に教育実習生として赴任して早一月。健康管理にはそれなりに気をつかっていたから、きっとそういうものではどうしようもない何かが起因して今に至るのだろう。
寝込むといっても幸い発熱を催したのは金曜の夜のことで、この土日の間に快気してしまえば月曜日からの業務には差し支えはない。

ふと枕元の時計に目を向ける。既に午後の1時を回っていた。
夢うつつに、昔馴染みである星月が様子を窺いに来ていたことをふと思い出す。
ベッドに横たわっている自分の手の届く範囲、サイドボードの上には清涼飲料が数種類と昨夜飲んだ覚えのある薬の追加分が置かれていた。
これも、彼が用意してくれた物なのだろうか。

こんな状態のままでは自身の欠点ばかりを考えてしまい如何し様もなく鬱々とした気分にはなるが、
それでも利点を挙げるとするなら休みの日でさえ何かと騒がしく部屋を訪れる陽日も流石にやってこないというところだろうか。
もしかすれば琥太にぃが止めてくれているのかも……。
そんな風にぼんやりと思い、僅かに笑いを浮かべて。
そうして水嶋は再びとろとろと眠りの中へと意識を埋没させた。



―――どれほどの時間が流れた頃か、水嶋は誰かが部屋の中にいる気配を感じていた。
頭はまだぼんやりとしている。目蓋も重く、それが誰であるかを確認しようもない。
だが自分の部屋に入って来られる人物といえば保険医である星月以外はありえないと、水嶋は彼が具合を診に来ているものと思った。
だからこそ、“彼”が水嶋の熱を計る為に額に手の平をあてた時、

(―――? 琥太にぃじゃ、ない……?)

柔らかな感触は男性のものではなく、かといって女性がこの場にいようはずもない。
いや、学園内に異性が皆無ということはないが、今ここにいるだなんてことは……。
重い瞼をどうにか押し開き、霞む視野で手の平の正体を探る。
これで誰もいなかったり、万一“あの人”の姿を見てしまったら即座に眠ってしまおうと覚悟して……。
果たして、確かにそこには人がいた。けれど水嶋が思った通り、星月琥太郎とは全くの別人である。
女性だと仮定して、水嶋が思い浮かべていた現理事でもなかった。

「熱、少し下がったみたいですね」

眦を下げてこちらを見下ろす少女の名はみょうじなまえ。
第3学年の西洋占星術科に属する女生徒で、2年天文科の実習生である身としては然程縁のない人物だ。
水嶋郁個人からすれば多少なりとも繋がりを持つのだが、だからといってそれがここにいる理由として成り立っかは甚だ疑問である。
やはり熱に惚けた脳が見せる幻覚の類ではないかと思わずにはいられない。

「どう、して……?」

君がここに、と問おうとして、声が擦れて言葉にならない。
だが遥には伝わったようで、クスリと笑ってから、なぜ自分が水嶋の部屋にいるのかを簡潔に答えた。

「星月先生も陽日先生も所要で手が離せないようなので、代わりに私が様子を見に。
月子だと心配ですけど、私なら弱ってる水嶋先生に遅れは取りませんからね」

あははと笑うのは結構だが、それは見舞う本人を前にすべきではない。
見舞いの理由にしては下の下だ、と水嶋の些か不貞腐れた表情に気付いたのか、なまえは僅かに悪びれた体裁で肩を竦めて見せた。

「水嶋先生が女の子に弱ってる自分を見られたくないだろうっていうのは分かります。
一応は女子な私がここにいることも軽率ですよね。たかだか一時保険委員だった私が出来ることも限られていますし」

なまえを前に、水嶋は先程から「どうして」ばかりが渦巻いて止まない。
じっと見上げるだけの水嶋に、しかし彼の意を汲んだかのかのようになまえは一呼吸おいてゆっくりと続ける。

「私も、水嶋先生と同じ“あまのじゃく”ですから」
「それじゃ答えになってない……心配、してくれたの……?」

まさかと思いながらの問いかけに、けれど少女は否定することなく頷いて。

「えぇ、それは勿論。それに、こんな時じゃないと安心して傍にいられないじゃないですか」

悪戯っぽく笑みを広げるなまえにふわりと頬をなぞられ、水嶋はなまえの温もりを直に感じるのはこれが初めてではなかろうかと些か場違いな感動を覚えていた。
それが本調子ではない為に思ってしまったことなのか、自身の中で高鳴る何かを誤魔化す為に考えたことなのか、判別がつかないままに。




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