部誌1 | ナノ


君の体温



 こんなに冷たい手を、瑞樹は知らない。
 低体温な彼の手は夏場はひんやりして気持ちいいけれど、冬になると触れるのも躊躇うほど、氷のように冷たい。
 時に蒼白く見えるほど白い肌は、白磁のような、という形容もよく似合っていたが、中に血が通っているのが不思議なくらいに冷えた指先に触れる度、瑞樹はつららにでも触れているようだと思った。

「……手袋とマフラー、またしてこなかったのか」
 指定の冬用制服の上に薄手のコートを羽織っただけの格好の後輩の姿を見て開口一番、瑞樹はそう言ってマフラーに半ば以上埋もれた顔を顰めた。
 台詞の通り、また、であるのでそれ以上文句は付けずきょとんとした顔の後輩を促して学校へ向かって歩き出すが、何度見ても慣れない。

 現在時刻は朝8時。陽は出ているとはいえ、弱弱しい冬の日光は血の通いにくい末端を温めてくれるほどには力強くない。
 寒さの苦手な瑞樹などはしっかりと制服を中のカーディガンまで着込んだ状態でダッフルコートをこれまたボタンまでしっかりと締めて着用し、マフラーと手袋までして完全防備の体勢だ。
 それに引き換えると、目の前でこてりと不思議そうに首を傾ける一つ下の後輩の格好は、寒々しいどころじゃない。その痛いくらい白い首元と手指は寒くないのか。
 はあ、と我知らず溜息をついた瑞樹に対して、ごく細いピアノ線かなにかを束ねたような硬質な光を弾く銀の髪に、絵本で読んだ雪の女王のように冷えて白い肌の麗しい容姿の後輩は、傾けた首を戻しながら不思議そうに口を開く。
「だって、今日は割に暖かいでしょう?」
 雪も降っていませんし。とのたまう彼の言うとおり、日の光は弱いなりに今日は全国的に晴れ模様で、白い指が指す空は澄み切って青い。彼の言うことも一理ある。
 だがしかし。今は冬だ、真冬とまではいかないが、普通の人間は手袋やマフラー無しで出歩くことに苦痛を覚える時期だ。
「比較的、って話だろ、十分寒いって」
 はあ、と白い溜息を吐いた瑞樹が立ち止まるので、自然と左隣を歩いていた彼も立ち止まることになる。
 どうしたんですか、と薄い唇を開くより先に瑞樹が手袋を左手だけ外して、ん、と差し出した。
「……先輩?」
 どういうことか分からずに尋ねてくる彼の左手を取って手袋を嵌めてやる。二人揃って片方手袋、片方素手のなんともアンバランスな恰好だが、瑞樹は気にしていないらしい。
 そして、手袋のなくなった自分の左手と、手袋を元からしていない彼の右手をまとめて自分のコートのポケットに突っ込む。
 そこまでやってから、ようやく瑞樹はゆるく笑みを浮かべて一つ頷いた。
「よし、これで少なくとも手は寒くないだろ?」
 驚いたように目を瞬かせる後輩をよそに、瑞樹はとても満足げだった。

呆気にとられた、とか、鳩が豆鉄砲撃たれたような、というのはこういう表情のことを言うのだろうな、と思いつつ、瑞樹の足取りは軽い。
ポケットの中で握り合っている手は、最初こそ冷たかったものの、しばらくすると自分の体温とコートのぬくもりで温まって、今では手汗をかいていないか心配になるくらいだ。
「……先輩の手が冷えてしまいますよ」
 戸惑ったように後輩が言ってきたが、瑞樹にとってそんな心配は無用のものだ。
「大丈夫だよ、だって俺、こんだけ厚着してるしさ」
 そういう問題じゃありませんと言いつつ、いつもよりほんの少し近い位置で、彼が笑った。




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