部誌1 | ナノ


君の体温



わふん、という脱力するような声に振り向くと、暗い道の向こうから白いものが駆け寄ってくるのが見える。それが何だか理解する前に、俺の腹辺りに飛び込んできた白い毛玉。決して軽くはないタックルに、ぐらとよろめきながらなんとか踏ん張る。ハッハッと息を弾ませながら千切れんばかりに尻尾を振るこのアルビノの犬には見覚えがあった。
犬と視線を合わせるようにしゃがみこんだところで、彼がやってきた道からすみませーんと走ってくる人影が見えた。街頭に照らされたその人に、俺は心臓がどきんと跳ねたような気がした。

「コロちゃん、急に走って行かないで――ん?あれ、なまえ君?」
「こ、んばんは……」
「こんばんは!バイト帰り?お疲れ様ー」

有里先輩はにこにこと笑って、なまえは偉いねえなどと言っている。俺はどう返したらいいか分からず、しかも照れているのを知られたくなくて、顔が強ばってしまった。しゃがんだまま先輩を見上げる顔は、たぶん相当不機嫌そうに見えるのだろう。

「……先輩は、犬の散歩ですか」
「うん。この子、寮で飼ってるんだ」
「こんな、クソ寒いのに」
「クソ寒くてもコロマルは元気だからね」

真っ白い息を吐きながら快活に笑う先輩は、いい人オーラが滲み出ていて、あの桐条先輩がリーダーとして信頼するのも分かるように思えた。いつもムスッとしていて、何考えているのか分からなくて怖いと言われる俺とは真逆の人だと思う。そして俺は、自分に無いものを持っている彼女が気になって仕方ないのだ。

有里先輩は寒さで林檎のように赤くなった頬で、あのね、と俺の隣にしゃがみこんだ。触れる肩にびく、と身じろぐ。

「寒いときの裏技があるんだ」
「裏技……?」
「そう!こうやって、コロマルをもふもふする!」

言いながら先輩は、真っ白なコロマルの首元をわしわしと撫でた。コロマルは気持ち良さそうに首を伸ばして、目を閉じている。裏技なんて大層なものではなかったが、確かに暖かそうだ。
なまえも早く、と先輩にきらきらした目を向けられ、おずおずとふわふわの毛に手を埋める。直に触れた犬の体は湯たんぽのように、冷えた手をじんわりと温めてくれた。

「……あったかい、ですね」
「でしょ?」
「は……いっ!?」

横を向くと、有里先輩の顔が目の前にあった。すぐ隣にいるのだから当然なのだが、不意打ちを食らった俺は頭が一瞬にして沸騰したように熱くなり、どうしたらいいか分からずに、コロマルの耳の後ろを掻いて誤魔化す。

「あはははっ、なまえは可愛いなー!」
「ちょ、せんぱっ、止めてください!」

コロマルでなく俺の頭を撫でる先輩は、完全に面白がっていて、俺は対処に困り、どんどん顔が火照っていく。妙に賢いコロマルに助けを求めようと視線を向けると、彼は耳をピンと立てて、仕事をやりきったと言うような、キリッとした顔をしていた。
もしや最初からこの展開を予測していたのか。コロマル、恐ろしい犬。

「先輩、ほんと、勘弁してください!肉まん、肉まん奢りますから!」
「肉まん!?やったーなまえありがとう!」

そのままコンビニに寄り道をしながら、今度コロマルに高いドッグフードをプレゼントするべきか考える。何にせよ、寒さは気にならなくなっていた。




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