部誌1 | ナノ


ひとひら



「姉さん」
呼ばれて振り返ると、私と同じ顔の片割れが私を見つめて微笑んでいた。傘越しに視線をやると、また暖かく笑う。この子はいつもそうだ。自分のことをもっと見つめてやればいいものを、私ばかりを見つめる。そして微笑むのだ。馬鹿の一つ覚えのように。能がない。花もない。まぁ、男に対して花がないというのは少し可哀想だったかもしれない。女である私とは違い、元々花などないのだから。
「彼らの具合はどう?」
「相変わらずよ。今日も最高級の蜜を用意してくれるわ」
「よかった」
蜂と心通わす私を弟―キェフィスは心底尊敬しているのだと言う。二人で経営する蜂蜜屋だが、私にしてみれば接客、店を切り盛りするキェフィスの方がすごいと思うのに。私だけでは、いくら蜂蜜の質がよくても、客が寄り付かない。分かっている。分かっているけど、直す気はないし、直る気配もない。格段、私はこの性格で不便はしていないし。
暖かいであろう日差しから陰を作る私の傘の中で一匹の蜂が私の指先に止まり、お尻の毛づくろいを始める。
信頼されている。
その感覚が酷く愛しい。人からの信頼はあやふやで不確かで曖昧。そんなものに傾ける感情なんてあるはずない。キェフィスは別だけれど。
風が通り過ぎる。最近では、風操師やらいう輩までいるらしい。そんなモノがいるなら、強風など吹かせないでほしい。私の庭の花が散ってしまう。
季節は春。暖かく、草木、動物、全てが優しく、その身をゆだねる季節。私の庭は春夏秋冬、その時折々の花を咲かせ、実を実らせる。花が絶えることはありえない。いつ見ても美しいその庭は私の誇り。

ひらり

蜂が飛び去るのと同時に、一枚の花びらが私の目の前をふわりと浮かぶ。そのままその花びらは落ちることなく、想定された場所へと舞い落ちる。
私の庭には、一箇所、不思議なところがある。寿命で散った花びら。風によって遊ばれて散った花びら。理由はさまざまだけど、同じ花びらはが、同じように一箇所に集まるのだ。
庭の片隅の言われぬ色の一輪の花。
忘れられたように一輪だけで咲く花の足元に、土を覆い隠すように重なり合う花びら。
私は何もしていないのに、私が敷き詰めたようにさえ思えるその圧巻としか言いようのないその光景。身体が震えるくらい、美しいその有様。
一輪だけの花は枯れることなく、花が盛りを終えることもない。
いつの間にか私の庭に根付き、咲き誇り始めたそれ。私がその花を意識したのは、花びらが今と同じようにふわりと浮かび、それの元へと舞い落ちたのを、目で追っていた時だった。その時まで私は、私の庭であるのにも関わらず、その花の存在を知らなかった。自惚れであると他人は言うかもしれないけど、私の庭のことを全て知り、掌握してると自負している。自惚れではない。事実だ。
その時の光景から私は、その花を「ひとひら」と名づけ、呼んでいる。
ひとひらの蜜は特殊で、他のどんな花から取れる蜜よりも繊細で味わい深い蜜を出す。この間キェフィスが言っていた。この花の蜂蜜が一番早く売り切れるんだ、と。
「姉さん?」
ひとひらを見つめ黙り込んだ私をキェフィスが呼ぶ。傘を覗き込む弟は実際よりも幼く見える。キェフィスを一瞥し、またひとひらに目を向ける。キェフィスも私につられ、ひとひらを見る。
「あぁ、ひとひらを見てたんだね」
「私、あの花が少し恐ろしいのよ」
キェフィスは私の言わんとしていることが分からないようで首を傾げている。
思うのだ。
一年中咲き誇る「ひとひら」。
「彼」は、命を吸って生きているのではないか、と。
彼の足元に敷き詰められている花びらは、美しくはあるけれど、其の実、屍の山なのではないだろうか。
数多の屍の上に君臨する美しい王者。
そう、思うのだ。

「戻りましょう、少し冷えてきたわ」
「本当だ。僕はいいけど、姉さんが風邪なんか引いたら僕死んじゃうよ」
「貴方はいつも大袈裟ね。馬鹿みたい」
「僕のことはいいんだ。姉さんがいいなら、それが一番いい」
「姉としては、もう少し自分を大切にしてほしいところなんだけれど」
「うーん…精進してみる」
「貴方はいつも口だけなのよ」
踵を返し、最後にもう一度ひとひらを見つめる。絶えずそこにあり続ける。「ひとひら」なんて名づけたけれど、それはあまりに儚すぎたのかもしれない。
「彼」が「ひとひら」なんて、何て笑える話だろうか。




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