部誌1 | ナノ


まやかし



「今日は家に誘ってくれてありがとう!ボクみたいなゴミ屑がなまえクンの家にあがれるだなんて、光栄すぎてこのまま心臓が止まりそうだよ!」
「安心しろ。止まったら心臓マッサージしてやるから」

部屋に上がったとたんいつもの笑顔で言い放った狛枝になまえは慣れた調子でさらりと返事をした。
その態度に思わず入口に突っ立ったまま、冷蔵庫からペットボトルを取り出すなまえをじっと見つめていると、不審そうな顔をされる。

「……何だ?」

その態度があまりに普通で、狛枝は思わずずっと思っていた事をつい口に出してしまった。

「なまえクンってさ。なんでボクなんかと一緒に居るのかな。と思って」

口元にかすかに笑みが浮かぶ。
それと裏腹に、目は笑えていない。
行き成り直球すぎたかな。
これはあんまり良くないなぁ。とまだ冷静な頭で自己分析していると、なまえは黙ったままパタンと冷蔵庫の扉を閉めた。
返答を考えているような様子に、考える前に言葉が狛枝の口を衝いて出る。

「あ。別に深い意味はないんだよ。でもボクにはどうしても分からなくってさ。なまえクンってクラスのみんなと仲良いでしょ?それなのにボクみたいなのにも構ってくれるから、もし同情とか憐憫とかで嫌なのにキミの貴重な時間を潰していたらどうお詫びしていいか分からなくて」
「お前のどこに同情しないといけないのか分からないし、どうすればお前を憐れめるのかも分からないな」

言外にどちらも外れだと言うなまえの言葉を受けて狛枝は笑った。

「もしかして、同情とか憐憫を悪い意味でとらえてる?だったらそれは違うよ。ボクみたいな人間がキミみたいな希望の象徴に同情して貰えるなんてむしろ、」
「だからしてない。普段にまして饒舌だな。どうしたんだ、狛枝」

呆れたような口ぶりで言葉を遮ったなまえは、テーブルにグラスを置く。
その姿に。
嫌でも目立つソレを見つめてしまう自分に、これ以上の余計な前置きはいらないか、と切り出すことにした。

「キミは……」

狛枝の声と、ペットボトルからお茶を注ぐ音が重なった。

「キミはどうして、今日そんな目に合ったのにボクを家に呼んだの?」

そう言った狛枝の視線の先には、なまえの頭に巻かれた白い包帯。
制服の下に隠れて見えないが、体もあちこち打ち身になってシップが貼られているはずだ。
狛枝の言葉に特に大きなリアクションも見せず、お茶を注ぎ終わったペットボトルに蓋をして、なまえは向かいの席を手のひらで示す。

「まあ座れよ。せっかく用意したんだし」
「…………」

なまえの言葉に狛枝は無言でその椅子を引いた。



その怪我の原因であるちょっとした『事故』があったのは、つい数時間前。
なまえと二人で学校の階段を下りながら、他愛ない話で盛り上がっていたように思う。
その時、背後の踊り場の窓が突然割れ、その音に驚いて足を踏み外した狛枝をなまえは意識的に庇って一緒に落ちたのだ。
とびちったガラスの破片による切り傷はないが、流石に人を庇ったうえで受け身を取るのは難しかったらしく、なまえは頭を打ち付けて数秒意識を飛ばしていた。
いつも卒のない彼のそんな姿を見たのは初めてで、あの時は随分取り乱してしまった。

「そういえば、キミが手当てを受けてる間に聞いたんだけど、窓が割れた原因分からないんだって」
「へぇ」
「それどころか、耐震の点検したばかりなんだって」
「そうなのか」
「割れる、要素なんか、一つもないんだってさ」
「ま、そういう事もあるだろ」

狛枝が言いたい事は分かってるはずなのに、なまえは何一つ期待通りの反応を返してこない。
なまえは自分の思い通りになるつもりがないのだと知って、狛枝は一度目を閉じるといつも通りの笑顔を作った。

「あ。もしかしてこれってボクへの罰?ボクのせいで傷ついた姿を敢えて見せてボクがどんなに罪深い事をしたのか教えようとしてくれてるのかな。そうだよね。希望の象徴であるキミをボクみたいなゴミクズが怪我させたんだからそれぐらい当然だよね。それに気づかないなんてボクは、本当、にクズだね。生きてる価値なんかないよ。キミにそんな怪我をさせてしまっただけでも気が狂いそうなのに」

どうにかしてその表情を歪ませようと、いつもしているように相手が嫌悪を抱くような言葉を選んだ。はずなのに。
見つめ返してくるその真っ直ぐな視線に、笑顔が歪んでいくのを抑えきれずに表情を消した。

何でそんなに平然としているんだろう。
全然理解できない。
言葉の途中でなまえの表情が少しでも変われば、それを見て感情を振りまわせるのに。
嫌悪でも憐憫でもなんでもいい。
上手くいかない現状にじりじりと焦がされる。

真剣な表情で、真剣な瞳でじっと自分を見つめるなまえに狛枝は今まで考えていた彼を引き離す方法を諦める。
考えてみれば、自分のそんな言葉なんていつもさらりとかわされて、出会ってからずっと隣に居てくれる様な人間だ。
自分の言葉で論破できるような相手じゃない。

狛枝は膝の上で握りしめた手に視線を落とした。
こんな時にやはり自分の才能なんか全く役に立たないと頭の片隅で自分が嘲る。

「なまえクン。お願いがあるんだけど」
「なんだ?」

うつむいたままの姿勢に、まるで懇願するようだと思ってから、事実懇願なんだと気付く。

「ボクに出来る事ならなんでもするよ。本当に何でも。その代わり、もうボクに関わらないで欲しいんだ」
「理由は?」

すぐに返された問いかけに、思わず力ない笑みが浮かぶ。

「なまえクンは知ってるのに、ボクに言わせたいんだね」
「ああ。俺から大切な友人一人を奪うって言われてるからな。納得できる言葉をお前から聞きたい」

大切な友人。
今まで言われた事のないその言葉に、肩が震える。

幸運がまき散らす犠牲にはもう慣れていたはずなのに。
どんな事が起こってもその先にある希望を見据えれば大丈夫なはずだったのに。

「ボクの『幸運』は、必ず何かを代償にするんだ。そのせいで家族ももういない。今回のキミの怪我だってきっと」
「きっと?」

間をおかずに先を促すなまえに、そういえばこういう人だったな。と思う。
いつでも真剣で、誰にでも優しくて、自分に厳しくて。
大切な事を、辛い事を、投げ出したり誤魔化したりしない。
誤魔化させて、くれない。

「きっと、ボクが幸運だと思ったから、あんな事故が起こったんだよ」

素直に告白しないと、許してはもらえない。

「幸運?」
「そう。キミがどんな理由でもボクを選んで一緒に居てくれた事をこれ以上ない幸運だと思った。そのせいだよ」

黙って聞いてるなまえが引き下がらないのを感じて、狛枝は頭を振ると、吐き出すように素直に内心を吐露した。


「ボクは、ボクの『幸運』で犠牲になるなまえクンを見たくない」


ああ。好きなんだな。と今更ながら思う。
なまえの事が、好きだ。

倒れ伏しているなまえを見た時には本当に心臓が止まるかと思った。
あんな思いをするくらいなら、あんな目に合わせるくらいなら、もう関わらないほうがいい。
何を言われようと絶対に自分から遠ざける。
そんな狛枝の決意を知ってか、なまえは口を開いた。

「俺はさ、狛枝」

そう言ってなまえは笑う。

「お前の事庇えて、嬉しかったよ」

なまえが笑うのは珍しくない。
だが、こんなに嬉しそうに笑う顔は見た事がなかった。

「俺の『才能』ってこういう時の為にあるんだと思った。他の誰でもない、お前を庇えて良かったと思った。お前を失わせないように、この『才能』があるんだって、思ったんだ」
「なまえクン、ボクは」
「だからさ、そんなに心配するな。誰かが不幸になるからと言って、お前が幸福になれない事にはならないから」
「っ……」

無理だ。
滲む視界の先のその顔に、もうどうしようもないと思った。

傍にいればいつかは失うと、実際に味わってきたはずなのに、どうしてももう離れられない。
誰もが耳を疑うような不運と幸運を繰り返す人生を送ってきたのに、その苦楽を思ってもその言葉をはねつける事が出来なかった。

彼は今回の件を、本当は何とも思っていないのだ。
たとえ自分の幸運の犠牲になったのだとしても、そんなことは関係ないと思っている。
どんな目にあったとしても、彼の精神は揺るがない。
持っているのは幸運だけで勝ちえた才能じゃないと、努力し続けているからこそ超高校級と呼ばれるのだと自負している彼らしい言葉だった。

いつも自分の才能を卑下している自分の言葉じゃとても敵わない。

でもその言葉を受ける事は、狛枝にとって死刑判決にも等しい。
伸ばした手の先にある希望を掴み続けるのはとても難しい。
そして更に先にそれ以上の希望があるとは限らないのに。

きっと自分自身が希望である彼には分からないだろう。
そう思った狛枝の前で、なまえは言葉を続けた。

「例えお前が言った通りに何か起こったとしても、お互い超高校級の才能を持ってるんだから、相殺されるんじゃないか?」
「今回は怪我したのに?」
「それはお前が落ちそうなのを見て焦ったから失敗したんだ。次は心配ない」

あっさりとそう言って、微笑むなまえに狛枝は瞼を閉じる。

「ねえ。なまえクン。ボクは――」

キミの、事が。




















「あぁ、懐かしいな。あれ何年前?」
「2年前。なまえクンが強引で容赦なくて泣きそうになったよ」

あはは。と笑うと、泣いてただろ。と突っ込む声が聞こえる。

「でも、本当にあの時は幸せだったなあ。キミがボクを選んでくれるなんて、あんまりにも幸運で死にたいくらい嬉しかったよ」
「過去形なのか?」




「だって、君は死んだじゃない」




あの後すぐに、交通事故で。

「次は心配ないって言ったのに。やっぱり、あの言葉はまやかしだったんだね」

互いに思いを打ち明けたあの時のテーブルに腰掛けて、置いてある二つのグラスを見つめる。

「でもね。その後2年たってもあの時以上だと思える幸運が訪れないんだ」
「じゃあ、お前の幸運のせいで俺が傷つくっていう考え自体が、まやかしだったんだろ」
「そんなの、笑えないよ。せめて、ボクのせいだったら良かったのに」

ボクのせいで死んだなら、キミがボクだけのものになったような気分になれたかもしれないのに。
顔をあげて誰もいない向かいの席をみる。
『記憶のままの笑顔』で、彼は笑っていた。




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