部誌1 | ナノ


ひとひら



「お嬢、何見てるの?」
『遊園地のパンフレット。見てるだけでも中々面白いものよ』

リビングの机に向かって真剣な表情でパンフレットを眺めるお嬢に気付いて声をかければ、お嬢はパンフレットから顔を上げ、綺麗に微笑んだ。
にこにこと笑いながらノートに書き込まれていく彼女の文字を眺め、適当に相槌を打つようにふんふんと頷く。

「ゆうえんちいきたい」

さっきまでパンフレットを指差しながら、こっちはジェットコースターが凄いだの、お化け屋敷が怖いだの書いていた手が止まり、平仮名でその文字が現れた。
ちょっと驚いて顔を見れば、拗ねたように俺を見上げている。

「行きたいなら俺が連れてってやるよ」
『ほんと?』
「お嬢が望むなら、どこまでも」

どれが一番近いの、と尋ねれば顔面に押し付ける勢いでパンフレットを差し出される。
行き方の案内の所をしっかり赤ペンで囲っている辺り、俺が連れてってやるって言うのを期待していたのがありありとわかる。
行きたいと一言言えば、いくらでも連れてってやるっていうのに。

「……ん。この距離なら行けるな。明日、平日だからそんなに混んでないだろうし、行くか」
『明日?明日でいいの?行けるの?明日?』
「なんだよ。ダメか?」
『大丈夫に決まってるじゃない!可愛い服選ばなきゃ!』
「どうして?」
『だって、デートよ?』
「……ジェットコースター乗りたいなら、スカートはやめとけよ」
『どうして?』
「一回転するとき、めくれて中身見えるんじゃねぇの?」
『変態!』
「心配してやってんのに変態はねぇだろ。変態は」

ノートの空いてるスペース目一杯に書き込まれた変態の文字に溜め息を付けば、ノートを置いてそのまま自分の部屋に走り込まれた。
こうなったら追いかけないのがルールだ。
何もすることがないから、残されたノートのページをめくって、そこに書かれた文字を眺める。
文字の様子から、大体のご機嫌を察するようになるまで、どれくらいかかっただろうか。





「おい、何しようとしてんだ」

そう言いながら、なんの躊躇もなく柵を乗り越えたアイツの首根っこを俺は掴んだ。
別に理由なんてない。
俺の目の前で飛び降りようとしたから、止める気はなかったけれど、衝動的に止めただけだ。
それなのに、まるで親の仇みたいに睨んでくるから、なんかむかついて柵のこっち側に無理矢理引っ張り込んだ。

「あのさ、どうせなら他の場所にしてくんね?ほら、ここら辺ならビルなら腐る程あるから」

そんなこと言ったら更に睨んできた。
なんにも言わずにただ睨むだけ。

「悪いことは言わないから、な?」

じぃっと眺めてたら、いきなり柵のこちら側に置いてあった彼女の物らしい鞄から携帯取り出して、俺の方に突き付けてきた。
画面にあったのは「私はここがいいの」の文字。

「……耳、聞こえてんの?」
『聞こえてる』
「なんで喋らないの」
『喋れないから』
「声出ないの?」
『そう』
「ずっと?」
『最近』
「ふぅん。それで飛び降りようとしたの?」
『悪い?』
「またなんで」
『後ろの山に棄てたまんま、何もなかったから』
「はい?」
『わかんないならいい』

そのまま話すことなんかないと言いたげに彼女は携帯を閉じてそっぽを向いた。

「そんじゃあ、まぁ、他の所か俺が居ない時にしろよ、飛び降りるなら」

そう言って視線を外して立ち上がれば、かしゃんと柵に何かが当たる音がする。
振り向けば彼女が柵に両手と片足をかけてるからまた首根っこを掴む。
離せと言わんばかりの睨み。

「なんでここにこだわるの」
『そっちこそ』

声は全く聞こえないが、彼女の口がそう動いた。

「俺にとっては大事な場所なんだよ。だから、やめてくれ」

そう言えば、柵から手を外し、鞄に仕舞われてなかった携帯を開いて何かを打ち込んで俺に突きつける。

『貴方の都合に巻き込まないでちょうだい』
「いや、まぁ、その通りなんだがな……」
『うざったい』

突きつけられた文字に苦笑が浮かぶ。
確かにそうだ。
もし自分が同じことを言われたら、そう言っただろう。
うざったいことなんか、重々承知だ。

「知ってる」
『あら、自覚があるのはいいことだわ』
「うっさい」

溜め息を付けば、彼女は笑った。
うっかり見とれてしまうぐらい、綺麗に。

『ていうか、この時間にこんな所に居るってことはもしかしてニート?』
「働く気はあるから、正確にはニートじゃねぇよ。職探し中。そっちこそこんな時間に何してんの」
『お金のある、ニートよ』

俺に文字を見せ、自嘲するように笑った。
意味がわからない。
金があるのは、悪いことじゃないだろう。
金のある場所が偏るのは、よくあることだ。

『いいこと考えた』

悪戯っぽく彼女が笑う。

『ゲームを、しましょう』

携帯に、文字が踊る。
無機質な、文字が。





「お嬢、出かけるぞ」

お嬢の部屋に扉越しに声をかければ、扉を叩いてお嬢が答える。
今行く、とかそんなとこだろう。
なんだかんだでこんな生活を始めて一年目。
我ながらよく続いたと思う。
まぁ、原因の一つとして、お嬢が俺のタイプじゃなかったからなんだろうけど。
なんて、冗談でも言ったりしたら絶対殴られるから言わないけど。

『おまたせ』

タブレットにその文字を表示させてお嬢は部屋から出てきた。

「準備大丈夫か?忘れ物はねぇな?」
『大丈夫!』
「よし。んじゃ、行きますか」

正直言って、そう言って出かけたまではよかった。
遊園地についてからは、そんな呑気なこと言ってられなかった。
主に俺が。

「おぇえぇ……」
『軟弱者』

ジェットコースターを降り、近くのベンチに座って唸る俺に、お嬢がタブレットを突きつける。
ご丁寧に太字で文字サイズも大きくなってる。

「だから、俺、絶叫系苦手って……」
『私を一人で乗せるつもり?』
「いや、そうじゃなくって……っていうか、待って。まだ文字読むのも辛い」

タブレットを突きつけるお嬢から目元を手で覆って視線をそらせば、「なんじゃくもの」と抑揚のない電子音声が聞こえた。
なんだ今のは。

「おい、お嬢、今の、」
『ぶんしょうよみあげきのう』
「そんな機能あるなら最初から使えよ」
『めんどうだからいや』
「文章読むのって結構しんどいんだぞ?」
『うちこむのもしんどい』
「……はいはい」

ちらりとお嬢を見れば、機嫌が悪い時の表情になってしまっている。
困ったお嬢さんだ。

「わかった。お嬢、ちゃんと読むから。あと、お嬢が乗りたいアトラクションも全部付き合うから。でも、俺、絶叫系苦手だから、休憩挟ませて?わかった?」
『はぁい』

しょうがないわね、なんて表情を浮かべて頷かれれば、まぁいっか、なんて考えてる俺がいる。
いつの間にかお嬢のペースだ。

「さて、お嬢。次は何にしますか?」

立ち上がりながらそう尋ねれば、黙ったまま一つのアトラクションを指差すお嬢。
アトラクションに乗ってる人々から聞こえる悲鳴。
あのアトラクションに比べれば、さっき乗ったジェットコースターが可愛く見える不思議。
前言撤回なんてしようものなら散々お嬢に文句を言われるのは目に見えている。
どうしようもなく泣きたくなる気持ちをぐっとこらえて笑ってみせる。

「じゃあ、行くか」

こうなったら、最後まで付き合ってやる。





「最後まで地に足つかないアトラクションかよ……」
『ちゃんと床があるじゃない。何言ってるの』

ぼやいた俺の脛を蹴りながら、お嬢はタブレット端末を俺に見せる。
そりゃそうだ。
観覧車の床がなかったら、死んでも乗りたくない。
夕日が反射して、タブレットの画面がちょっと見にくい。

『遊園地の最後は観覧車っていうのが私の理想なの』
「さいですか」

外を眺めるお嬢の横顔が夕日に照らされて、妙にきらきらしてる。
今だったら、言っていいかもしれない。

「なぁ、お嬢。俺はお前が望むんなら、象牙の船にでも何にでもなってやる。可哀想だなんて微塵も思っちゃいねぇが、それぐらいなら出来る。なぁ、お嬢……」
『         』

お嬢が見せたタブレットの画面は、全然見えなかったし、お嬢の表情も夕日が眩しくて全然だった。
お嬢はさっさとタブレットを仕舞ってしまったからなんて書いてあったかなんてわかんなかったし、聞き返すこともしなかった。
ただ、お嬢は観覧車の最後が近くなるとノートを取り出してこう書いた。

『あの場所に連れてって』

俺はただ、黙って頷いた。





きらきらと、遠くで街の灯りがきらめいている。
街灯のそばに設置してあるベンチに並んで座る。
座るとすぐにお嬢はタブレットを取り出して、何か打ち込んでいた。

『今日、約束の日よね』

予想通りの、文字だった。

「そうだな」
『一年前の今日、始めたゲーム』
「俺はそんなつもりなかったけどな」
『あら、巻き込んでごめんなさい』
「別に悪かねぇよ」

俺はゲームのつもりなんてさらさらなかったし、巻き込まれたとも思ってない。
むしろ、渡りに舟ぐらいの勢いだった。

『私の勝ちね』

にこりと笑うお嬢に顔をしかめる。
『一年の間に、一言でも私を喋らせたら、ここで死ぬの諦めてあげる』
あの日、何故か堂々とそう言い放ったお嬢。
なんだかんだで家政婦みたいなことをさせられながら、お嬢と一緒に今日まで生活してきた。

「なぁ、お嬢……」
『参加賞でこれをあげます』

お嬢に声をかけようとしたら、目の前に立ったお嬢が遊園地に遊びに行くにはやたら大きいと思っていた鞄の中から何冊ものノートを取り出し、タブレットの文字を確認したかどうかぐらいのタイミングで顔面にぶつけてきた。
その勢いで、思わず後ろにのけぞる。

「ばいばい」

その声は、やけに響いた。
誰が言ったか見えなかったが、お嬢だとわかった。
お嬢の声は聞いたことがなかったが、確信していた。

今まで、たった一言さえ俺にくれなかったのに、初めてくれた言葉が別れの言葉だなんて、酷すぎる。

柵に何かが当たる音がする。
勢い良く立ち上がり、その弾みで開いたノートから紙が一枚飛び出してきたのを反射的に掴んで、柵に駆け寄る。
案の定柵の向こう側に立っているお嬢の首根っこを、一年前と同じように勢い良く掴む。
まるで、俺がこうするのをわかってたみたいに、お嬢は笑った。

「お嬢、この……っ、」
「私の勝ちじゃない」
「今日は、まだ、終わってねぇから」
「あぁ、何時までって決めとくんだったわ」
「今日一日、どの絶叫系に乗ってもちっとも声を上げなかったくせに……この、馬鹿。いつから喋れるようになってたんだよ」
「ここ数日のことよ。なんか悔しかったから声出すの我慢してたのに」
「お前なぁ……」

ちっとも悪びれた様子のないお嬢を無理矢理柵のこちら側に引きずり込み、溜め息をつく。

「本当に、お前ってやつは……」

そう言って、手に持っていた紙に気づいた。
なんで、こんな薄っぺらい、たったひとひらの紙を俺は掴んだんだ。

「なんで今日までの会話ノート全部投げたのにそれだけ取っちゃうのよ」
「あ?」
「こんなのあんまりよ」

会話ノートって、会話するときにお嬢が書き込んでたノートのことか。
それにしても、この紙になんの意味があるって言うんだ。
紙を改めて見直し、握ってぐしゃぐしゃになったところを伸ばした。

「……。お前、こんな遺書なのかラブレターなのかわかんないようなの書いてやがったのか」
「うるさいわね。こういう展開は……その、ちょっとしか予想してなかったし、まさかアンタがそれ見つけるとは思ってなかったのよ。あーもー!返して!!」
「参加賞なんだろ」
「あげないわよ!アンタの勝ちよ?いらないでしょ?ね?」
「参加したんだからもらったって悪かないだろ」

ぎゃんぎゃん騒ぐお嬢からちょっと離れて溜め息をつく。

「ていうか、なんで一度ならず、二度も止めたの」
「えー、いや、まぁ……」
「言いなさいよ。大事な場所だからやめてくれーとかなんとか言っちゃって。ほら、理由話すのが私にとっての参加賞よ。早く言いなさい」
「わーかった」

ぎろりと睨んでくるお嬢の頭を軽く撫でて、いつも持ってる手帳から小さい付箋メモを出した。

「何これ……『そこは私が使うまで使うな』って、これ、私の字じゃない。これがどうかしたの?」
「やっぱ覚えてないのかよ」

首を傾げるお嬢にちょっとだけ笑った。
やっぱり、覚えてない。

「俺がそこから飛び降りようとしたら、いきなり俺の腕を掴んで睨んで、一気にそれ書いて俺に突き付けてきたのお前なんだけど」
「え?嘘。いつ」
「ゲーム始める……あー、ちょっと前」
「覚えてないわー…」
「だろうなぁ」

まじまじとメモを見つめるお嬢。
その、小さなたったひとひらのメモのおかげで今ここに俺が居るなんて、お嬢には信じられないのだろう。
俺だって、やめる気はなかった。
けど、そのメモでなんとなくやめた。
一体いつ、このメモを渡してきた奴がそこから飛び降りるか見てやろうと思って、俺が飛び降りるのはそれからでもいいか、なんて考えてた。
でも俺はあの日、飛び降りようとしたお嬢を止めた。
そして今日もまた、お嬢を止めた。ただの気まぐれだ。

「さ、お嬢、夕飯の材料買って帰ろうぜ。今日はゲーム完結祝いでちょっと豪華にすんぞ」
「はーい」

散らばってたノートを回収して、メモを見つめたままのお嬢に声をかける。
返されたメモを受け取って、手帳に仕舞う。
今日の夕飯はお嬢の好きなものにしよう。




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