部誌1 | ナノ


ホットチョコレート



水路が張り巡らされた街のすみっこ。
細い細い水路の先に小さな病院がありました。
そこに、真っ黒な長髪の男が入っていきます。
入口のドアを開くと、カランと小さな鐘の音がしました。
入ってすぐには診療室、その奥には居住空間があります。
そしてその居住空間から、とても甘い香りがしていました。

「ファウスト、奥か」
「あぁ、おかえりアリス」

居住空間にある小さなキッチン、そこでは赤毛の男が何やら料理をしているようでした。
ファウストは、帰ってきたアリスに向かい微笑むと、またキッチンに向き直りました。
アリスが覗き込むと、そこにはミルクが鍋いっぱいに温められていました。

「何を作っている?」
「ホットチョコ、まぁ君は飲まないだろうけどね」

そういうファウストも、普段はホットチョコなど飲む事はありません。
でも、今日はこんなにも沢山のホットチョコを作っているのです。
ホットチョコを好むのは、アリスとファウストの知り合いではただ一人。

「あの小娘が来るのか」
「もう来てるよ」

ファウストが笑って指さした先にある、病室とも言うべき部屋。
二つある部屋は、それぞれの室内を真っ黒と真っ白に塗られていました。
そしてその片方、真っ黒に塗られた部屋に彼女は居ました。

「仕事はどうした」
「なにかとてもどうでもよくなりまして」

部屋を埋め尽くすのはぬいぐるみとクッション。
そこに埋もれている、オレンジ色の髪をした女。
下着同然の服から見える背中には、何かの傷跡。
お尻からは、爬虫類を思わせる尻尾が生えていました。

「カウンセリングは」
「うけたところでどうでもいいのでどうでもいいです」

さらにずぶずぶとぬいぐるみとクッションに埋もれて行く女。
そんな女の尻尾を掴み、ぐいと引っ張ります。

「いたいいたいアリスいたい!」
「パッツォ、そろそろいい加減にしろ」

最近、パッツォが酷く落ち込んでいた事は知っているアリスですが、主治医のファウストのカウンセリングもどうでもいいと受けようとしないパッツォに腹を立てていたのです。

「ファウスト、貴様も貴様だ、娘だからと甘やかしすぎなんだ」
「んー、可愛い娘だし甘やかしたいよねぇ」
「ねぇパパ、ホットチョコ、出来た?」

尻尾を掴まれ引っ張られながらも、パッツォは懲りていないようです。
今度はパッツォの背中をげし、とアリスが踏みつけます。

「ひどいわねアリス!それでもカウンセラーの彼氏か!」
「うるさい、俺は外科だ外科」
「はいはい、二人共暴れるのはおしまい、ホットチョコ出来たよ」
「やったー!」
「あっコラ!」

パッツォはするりとアリスから逃げ出し、部屋から飛び出します。
台所の四人掛けの机にみんなで腰掛けるのです。
余った椅子には、パッツォがお気に入りの羊のぬいぐるみが置かれています。

「はいどうぞ、アリスには珈琲」
「わーい!ありがとうパパ!」
「説教したい・・・本気で怒鳴りたいしばきたい・・・!」

頭を抱えるアリスを余所に、パッツォとファウストは笑い合います。
そして幸せなお茶の時間を楽しむのです。

「しかしパッツォ貴様本当に単純だな」
「うるさーい」
「まだ落ち込んではいるんだけどね、気持ちをそらせば大丈夫みたいだから、ホットチョコをって思って」

ファウストが頭を撫でてあげると、えへへとパッツォは笑います。
アリスにはただ甘やかしているようにしか見えませんし、実際甘やかしているだけのようです。
ちなみに、この三人は今現在残っている数少ない竜族でもあるのです。

「それ飲んだらとっとと帰れ」
「やだ」
「まぁまぁ、一泊ぐらいさせてあげてください」
「嫌だ」
「鬼畜」
「ははは、パッツォも怖い子だね」

恋人同士のアリスとファウスト、そして別の場所に住んでいるパッツォ。
時々、こうやって集まっては、世間話や昔話に花を咲かせたりしているのでした。




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