部誌1 | ナノ


薔薇



少女の生まれた日、彼女の傍らに一輪の薔薇が贈られた。
いつの間に置かれたのかと周囲が驚く中、薔薇は見事なまでの真紅で少女に侍っていた。

少女が四歳の誕生日を迎えた日、彼女の枕元には四輪目の薔薇が贈られた。
彼女の両親や親類筋に花を添えた者はおらず、一番大好きな花といえば真紅の薔薇を挙げる少女に対し、大人達な皆、奇妙な出来事に畏怖を覚えていた。

少女が十歳の誕生日を迎えた朝、彼女が目を覚まし大きくを伸びをして、ぴょんとベッドから下りた時にはもう、勉強机の上に十輪目の薔薇が贈られていた。
昨夜寝る前にはなかったもの。両親はたった一輪の花を恐れて窓にもドアにも厳重に鍵をかけてしまったが、
それでも年に一度の真紅を届けてくれた未だ見ぬ誰かに向け、少女は物心ついた折には恋慕を抱いていた。

少女が十七歳の誕生日を迎えた朝、これまで生まれ育った町を離れ遠く遠く北の国での朝、それでも真白な世界に生える薔薇は贈られる。
少女は両親がそれを見つける前にと、花を小さく千切って口へ運んだ。鮮やかなまでに甘く暖かな味わいは、余す所なく茎にまで満ちていた。

少女は娘へと成長した。愛らしい姿は美しい年頃へ、婚姻の話もちらほらと耳にするようになった。
二十一本目になる薔薇は、口にするより早く奪われ踏みにじられ、余りの衝撃に気を失ってしまった間に燃やされ灰になった。

娘を求める声は数多にあった。それでも娘は拒み続け、ただ一輪の真紅の薔薇を求めていた。
この年、二十四本目の薔薇を娘が目にする事は叶わなかった。
目にするより早く棄てられたと察し眦に涙が浮かんだが、微かな残り香に慰められ、零す事はなかった。


時は巡り、人の縁も交じり合い、別れも超えて、娘も娘ではなくなった。
だが彼女は誰と繋がる事もなく、ただいつか出逢うのだと願う誰かへの、切々とした想いを遠し続けていた。
真紅の薔薇は、既に四十を超えて尚、彼女の元へ贈られていた。

五十輪目。国と国との争いが起こり、人が人としての領分を互いに奪い合う中、彼女には年に一度の真紅だけが残された。
六十輪目。内紛は益々ひどくなっていると随分前に耳にした。世界を冬が覆い、それからここ暫く人を目にしていない。
七十輪目。気付けば随分とおばあちゃんになってしまったと、彼女は薄氷を覗き込み薄っすら笑った。戦争は終わったのだろうか。
八十輪、九十輪――生まれた年から変わらずに、真紅の薔薇は彼女が何処にいようとどこからともなく現れ、彼女の傍らにあった。

ついに百輪目を迎えた朝、老婆の元に一人の旅人が訪れた。
旅人は、老婆が荒廃した土地にたった一人で住んでいる事に驚いたが、僅かな水を与えられると静かに去って行った。
旅人は、老婆に死期が近づいている事に気付き、だから老婆は最期の時を迎える為にここにいるのだと考えた。

その夜、百輪目の真紅の薔薇を大事に大事に胸に抱き、老婆はゆったりと寝台に横たわった。
全身に重さを感じていた。瞼も自然と閉じられ、これはもう起き上がれないと老婆は確信した。
今更命が惜しいとも思わないが、毎年薔薇を贈り続けてくれた人は誰だったのか、結局分からず仕舞いな事だけが悔いだった。

と、その時。老婆しかいないはずのあばら家に、老婆以外の何者かの気配があった。
気配はするすると老婆に近づき、老婆が薔薇に対すると同じかそれ以上に優しく彼女の頬を撫でた。
撫でられた途端に彼女はハッとする。そしてほとんど見えなくなった両目から涙を溢れさせ、漸く逢えたねと笑みを浮かべた。
気配は頷き返す素振りを見せた後、もう二度と傍を離れないと誓った。


一千年の昔、気の多い天の神は冥府の王の妻に恋をした。
神の中でも一等力を持つ天の神には逆らえないが、さりとて愛する者を手放せないと苦悩する夫に、妻はひとつの提案を促す。
天の神は色恋よりも駆け引きが好み。私が地上へ赴き、百年の生を十度繰り返しましょう。
その内のたった一度でも夫以外の者に愛を告げたなら、その時は天の神のものになると。
冥府の王は妻の愛を信じるが故に苦しみながらも決断し、妻を転生への道へ歩ませた。

転生した妻の元には姿を変えた天の神が幾度となく誘いをかけたが、冥府での記憶を封じられているにも関わらず妻は幾度となく貞節を貫き続け、夫は年に一度だけ妻へ想いを込めた一輪の花を贈り、長い長い年月が過ぎるのを静かに待ち続けた。
そうして百の生を十度を超え、千本目の真紅の薔薇を手に二人は冥府へと戻り、何度生まれ変わり引き裂かれようとも、この愛は揺るがない事を天の神に認めさせたのだった。



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