部誌1 | ナノ


嘘と本当



下らねえ人生を歩いて来た。
裏切りなんか当たり前の人生だった。騙し、騙され、奪って奪われて、殺して殺されかけてそれでもなんとか生き延びて。
今ここにいるのはどうしようもねえロクデナシだ。生きる価値なんざありゃしねえゴミクズ。
四十も過ぎて、ドラッグと酒のやりすぎで、医者にかからずとももう死期は近いと悟った。もう死ぬんだと、そう思い至った時、頭の中にあったのはひとつだけ。

俺がこうなったのは誰のせいだって考えたら、答えは一人しかいなかった。





夕暮れの街は少し静かだった。夕飯前とあって、家の中から漏れ聞こえる親子の会話に少しの郷愁と嫌悪。
十代で飛び出した街は変わりすぎて、懐かしさなんざ欠片もなかった。ジャンキー丸出しの俺に近寄る住民がいるはずもなく、俺はジャケットの下に隠した、ジーンズと腰の間に挟んだ銃の感触を感じながら歩いていた。

この街を出たのは、母さんが死んで一年後くらいだったか。優しい優しい母さんは体の弱い人で、俺が十になるかならないかで死んだ。
クソみてえな父親は母さんを愛しすぎて、俺から何もかも奪い、何もかも支配した。俺が母さんみたいに死なないように。連れ去られたり事故で死ぬことがないように。そのうち母さんと俺を重ねだして、まあ、クソみてえな安いドラマみたいな少年時代だ。今思い出しても吐き気がする。
何も知らされず無知だった俺は父親から逃げ出せたのが奇跡みたいに思えたし、誰かを頼るなんて考えすら思いつかなくて、道端で震えてた。そこでギャングの男に拾われて今の転落人生が始まったって訳だ。

小綺麗なガキだった俺は男娼の真似事もさせられたし、ドラッグの運び屋もやった。とにかく生きてくために必死で、必死で、堪らなかった。母さんを連れ去り父親が俺を監禁してまで恐れた【死】ってやつから逃げたくて逃げたくて必死だった。
下っ端の小悪党が成長してここまで生き延びて、ドラッグと酒で結局死にそうになってんだから笑うしかない。死にたくなくて逃避のために手を出したドラッグや酒に、俺は殺されるのだ。

俺がこんなどうしようもねえロクデナシになってそこらへんの道端や狭いアパルトマンで死ぬのも、全部全部父親のせいだ。
もう少し父親が強かったら、狂わないでいてくれたら。俺はきっとこんなクソッタレな生き方も死に方もしなかったろう。

安い復讐だ。我ながら無意味なことをしようとしてると思う。だけど俺の人生をここまで狂わせた当人が、俺がいなくなった後、幸せに暮らしてたらと思うとはらわたが煮えくり返りそうなくらい怒りを感じてやまないのだ。

ドラッグが切れたのか小さな震えを感じる。歩いてるだけなのに息が荒くなって、でもこんなところでくたばってたまるかと歯を食いしばった。俺にはやりたいことがあるのだ。腰の銃の硬さが俺の意識を保たせる。

たどり着いた懐かしの我が家は、驚くほど変わっいなかった。記憶よりも古くなり、汚れた家。芝生だってボーボーで窓ガラスにヒビだって入っている。それでも昔と、変わっちゃいなかった。
ゴクリと息を飲んで扉へと足を運ぶ。握って回した扉には、鍵はかかっていなかった。

古臭い音を立てて扉が開く。かび臭くて思わず眉を寄せた。銃を腰から抜き取った。ずしりという重みが手にかかる。今まで感じたことがないくらい、下ろした撃鉄は重かった。
ミシリミシリと手入れのされてない床が鳴る。向かうのは居間だ。なんとなくそこに父親がいる気がした。歩いてる行くうちにアルコールの匂いが鼻を突いて確信を得た。

居間に足を踏み入れる。十で部屋で監禁されてた以来入ったことがなかったその部屋は、朧気な記憶とさして差異はないように思えた。テレビの対面に置かれた一人掛けのソファは父親の愛用の品で、案の定、父親はそこに座っていた。

「ハイ、ダディ」

散らばった大量の酒瓶や缶を避けて、銃を構えて電源のついてないテレビの前に立つ。黒い画面に映る俺が見えていたのだろう、父親は驚く様子さえ見せなかった。

「随分遅いご帰還だな、ハニー」

嗄れた声が不快だった。酒のせいか腫れて赤らんだ顔で、ぎょろりとした目だけが異様に目立つ。
老いた父親は記憶よりも細く、小さくなっていた。それもそうか、あれから三十年は経っている。父親はもう六十半ばかそこらのはずだ。

「死にそうだな、アンタ」

「まあな」

「俺も似たようなもんだけどな」

「そうか」

俺の今のツラを見りゃあ、どんな生き方をしてきたかなんて簡単に予想がついたはずだ。けれどそんなことは知ったことではないとばかりに、親父はぐびりと酒を煽った。

「もうすぐ死ぬってわかった時、頭に浮かんだのはあんたのことだけだった」

銃を前にしても、親父は怯まなかった。目に入っていないのか、見えないのか分からないが、そこに恐れはなかった。
撃鉄はすでに下ろした。後は引き金を引くだけだ。

「あんたを殺さなきゃ、死にきれねえなって思ったんだ。あんたのせいで俺ぁこんなクズになった。あんたが狂わなきゃ、俺ぁ……」

「ベイビー、ヒトのせいにするんじゃあねえよ」

「どのツラ下げてそんなこと抜かす」

ギリリと歯軋り。でないとみっともなく叫んでしまいそうだった。

「おれから逃げ出した先のことはおれの範疇外だ。おれの知ったこっちゃねえよ」

「あんたって奴は……!」

叫ぼうとした瞬間、撃たれていた。咄嗟に体が動いたから良かったものの、そうでなきゃ死んでた。銃を持った腕を掠めたせいで銃を放り出してしまっていて思わず舌打ち。親父を睨めば呆れたような目が俺を見ていた。

「お前、本当に裏の人間か? 全く半端な野郎だぜ。相手が武器を隠し持ってるかどうか、まず探すんだな」

そう、笑った親父は、俺に向けていた銃口を自分の顎にくっつけた。発射したばかりの銃口の熱が親父の痩せこけた顎の肉を焼く。

「あ、んた、一体――――」

「お前なんかに殺されてやるかってんだ。どうせ地獄に行くんだ、どっちにしろ変わりゃしねえ」

「そうじゃねえ、そうじゃなくて」

「悪かったな、ヨシュア。おれはお前を――――――」


銃声。

目の前で何が起こったのか分からなかった。一体何がどうなったんだ。意味がわからずに、吹き飛んだ脳みそとか、広がっていく血だまりをただ見ていた。

「嘘つくなよ、いらねえよそんなもん、なんで、なんで勝手に死ぬんだよ……!」


 ――――おれはお前を愛してた。息子としても、そうじゃなくても。

そんなの、嘘だ。本当かも。そんな風に心が揺れる。そうして俺は知るのだ。

本当は、母さんの代わりじゃなく、愛されたかったって。

サイレンの音が遠くで鳴ってる。
誰か俺を殺してくれと、切実に願った。




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