部誌1 | ナノ


嘘と本当



0.
かれが自慢したら、わたしはかれをへりくだらせる。
かれがへりくだったら、わたしはかれをほめてやる。
そして、いつまでもかれにさからってやる。
かれが認めるようになるまでは、
自分の不可解な怪物であることを。
―パスカル


1.
ピアノの下に寝そべる。定位置。目を瞑って空気と同化する。最初の頃は嫌がっていたモーツァルトだが、諦めたのか何も言わなくなって久しい。演奏が始まる。音の雨を全身に受けているみたいでなんだか楽しくなる。一つ一つの音に色があるならば、彼の作る曲は滑らかなグラデーションを為しているだろう。プリズムで分散させた光のいろ。血の滲むような努力と天賦の才能、それでもまだ何かが足りない。そんな風にこぼしていた。ぼくにはよく理解できなかった。

2.
セントクレイオ学園のエントランスから講堂へと繋がる廊下には、各時代の偉人たちの製作した絵や楽譜・初版本などが並べられちょっとした博物館の様を呈している。外部からの見物客はそれらを眺めることによって今学園にどの人物のクローンがいるのか理解できる仕組みだ。視察の名目で下見に来る役人たちにかいつまんだプロフィールを説明しながらロクスウェルは失敗した、と思う。毎度のことだがとても面倒なのだ。全部書類にして配ってしまう方がどれほど楽か。しかし生徒たちの引き取り手になるであろうこの官僚や上流階級の人々はこういった類の手間を喜ぶ傾向がある。学園の理事としてやらない訳にはいかないのだった。ああ面倒くさい。

3.
「音楽はいいね。重さも厚みも無く手に取ることは出来ないけれど、その分崩れ去ることも焼け落ちることも無い。きみの王国の城は聴衆の記憶の中に美しくそびえ続ける」
「突然なんなんだ」
「わかりやすく形に残せるモノの価値は移ろいやすいってこと」
絵画彫刻なんてその最たるものだ。謙遜じゃなく。
「あーあ、発表会の日に隕石でも降らないかなぁ」
「なまえの課題はもう出来上がっているだろう」
「御陰様で」
いくら学生寮の同室とはいえ、天下のモーツァルト様が油絵に囲まれながら寝る図は少し、いやなかなかシュールで面白かった。
「まあ既に発表は終わったも同然なんだけどね」

4.
「こちらはみょうじなまえの作品郡です。オリジナルの弟が設立した団体から作品をお借りしています」
クローン・みょうじなまえは今年の発表会の目玉の一つだ。今までの画家クローン達はあまり出来が良くなかったため、サンプルとして育てていたみょうじのクローンを急遽出品することになったのだった。
「いやぁ素晴らしいですな」
「美術の教科書に載っているのを見たけれど、やっぱり本物はいいわね」
ほんの少しの違和感。ロクスウェルはそれほど自分のことを逸材とは思っていないが、勘の鋭さには自信があった。何かが違う。澱みなく口を動かしながら、記憶の中の絵と眼前にあるそれを較べる。サインが僅かに違っていた。
「私の肖像画も描いてもらいたいものだ」
「きっと本物より精悍に描いてもらえますわ」
笑い声が上がる。毎年繰り返される光景。溜息をつきたい気分を笑顔で隠す。ロクスウェルの得意分野だ。
「次は××の十四行詩の原文です……」


5.
「ちょっとした余興のつもりだったんだ」
オリジナルの作品と出来るだけ同じ絵の具を使いそっくりの絵を描き、麻袋に入れて2週間ほど土に埋める。掘り出せば数世紀を経たように劣化し、素人目に見分けはつかない。廊下の絵を作風の分析だと言って借り出し、取り替える。簡単な子供騙し。
「文化大臣も来てただろう?あいつルネサンス期の巨匠の子孫だって新聞のインタビューで話していたんだ」
クローン製作の技術も安定し始めたこのご時世に偉人と薄い薄い血の繋がりがあるからなんだって話だけれどね。
「万一誰にも気付かれなかったら困るなんて思い上がってね、サインをわざと間違えて書いたんだ。落ち着いて見ればすぐに分かるのに」
「誰も気付かなかった」
「ロクスウェルは気付いてたかもしれない。いつもみたいにヘラヘラわらっていたからよくわからないな」
「あの性格ならあえて黙っていた可能性もあるんじゃないか」
「ありえるなあそれ。クローンだろうと偽者は偽者なのに」
他ならぬぼくたちが一番それを知っている。
「本物と同じパーツを使っても、二度と同じものは作れない。とても簡単な話なのに、一生懸命見て見ぬ振りをしないとぼくたちは存在することも出来ない」

6.
養豚場の豚は賢くない方が幸せである。セントクレイオで学んだ教訓のひとつ。幸か不幸か、ぼくたちは他のみんなより少しだけ賢いようだった。
“神童”ヴォルフガング・アマデウス、かわいそうなぼくのともだち。
「『実物にはいっこう感心しないのに、それが絵になると、似ているといって感心する。絵というものはなんとむなしいものだろう』」
「君が言うのか。皮肉を通り越して嫌味だな」
「真理さ。引用だけど」




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