部誌1 | ナノ


嘘と本当



傷がたたったのだろう。山中で野ざらしの足軽など、この時世決して珍しいものではない。 けれどその日。哀れな骸を前に、共に斥候として歩を進めていた尊奈門は不意に顔を顰め、思い切ったように言葉を紡いだ。

「あのさ。こんな時に何だけど、なまえに言っておきたいことがある。もし俺が死んでも、なまえは泣くなよ。絶対だぞ」
「急に何……それに嘘。本当は泣いて縋ってほしいくせに」
「ンなっ!?だだだ誰が泣き縋ってなんてほしいもんか!そんなみっともない真似、絶対にするんじゃないぞ!?」

真摯な眼差しが、茶化されたということもあるだろうが、あっという間に崩れてしまう。 図星を指されると動じてしまう癖が、尊奈門は今も抜けない。

「それで?今更合戦場が怖い、なんて言わないよね?」
「っ、はぁ〜……。どうしてなまえはこうも毎度落ち着き払ってるかなぁ。少しくらい俺の気持ちも慮ってくれよ」
「慮れと言われても。尊奈門が毎度宜しく下手な嘘をついているようにしか思えないんだもの。ほら、余計な建前は良いから本題話して」

少しばかり唇を尖らせムッとした表情を作る彼に早くと促す。
分かったよと言いながら、それでもまだしこりがあるように尊奈門はぽつぽつと語った。

「女は泣いてばかりだとブスになるって聞いたからさ。なまえは美人だろ?折角の美人が俺なんかの為にブスになるのも、悪いなと思ってさ」

物凄い言い草だ。美人と評され悪い気はしないが、彼の中で私という存在は、涙を流す時と言えば彼自身が死ぬ瞬間まで訪れないことになっているらしい。
そもそも悪いと思うのならブスにさせないよう努めればいいのに。
私が黙って聴いていると思ったか、尊奈門は尚も続ける。
曰く。尊奈門の死後、私の残りの人生は彼が幸せにしてやれなかった分、他によい人を見つけて陰りの無い人生を歩んでほしい、と。
忍びの道に陰りも何も、とは思うが。あぁ、さては呆気なく死に逝く人を見てセンチメンタルになってしまったのか。
今は陽の暮れ時。詩的な気分に陥り易い刻限でもある。
だからといってそんな弱音を承諾できる甘い輩など、我らタソガレドキ忍軍にはいない。

「ねぇ尊奈門、それは一体いつの話をしてるの?何年先?私がおばあちゃんになった頃? それとも何。尊奈門は私を置いて逝く心積もりをもうしちゃうんだ。そんなにあっさり私を諦めちゃうんだ。そんな簡単に手放せるくらいの想いだったんだ」
「え、ちょ、待てよなんで怒っ、」
「私は嫌だから」

嫌だ、とはっきり思う。忍び組頭に同じことを命じられても、この想いを完全に切り捨てるなんて出来やしない。

「尊奈門が今そういう気分で不安に思ったっていうのは分かったけど、もしもの話とこの先の私達は違うから。
先に逝っておいて泣くな?馬鹿言わないでよ。万一その通りになったら地獄まで降りていって、あんたのそのふぬけた面をコシコロ握りしめた手で殴ってやる」
「お、俺って地獄行なの……」
「私を悲しませて、泣かせた罰としてね。……ねぇ。本当はどう思ってるの」
「そんなの――ッ!なまえを置いて逝ける訳ないだろ。お前に先立たれるのも御免だ。 それから、俺がいなくなったとしてもずっと悼んでほしいし、他の奴に取られるなんて天地が引っくり返っても断固拒否だ!」

可笑しさと嬉しさがない交ぜになって、思わず頬が緩むのを止められない。

「うん。よくできました」
「……その言い方、何だか先生みたいでヤだ」
「そう?なら、今度また妙な感情に捕われて本当は言いたくもない嘘ついたら、出席簿の角で目を覚まさせてあげようか」
「絶対ヤだ!」

こどものように笑って、はしゃぐように、転ぶように木々の合間を縫って。
今この時、きっと互いの胸中は重なっている。
虚偽も真実と、心根の在り処も無きモノとせねばならぬ私達だからこそ、せめて想い合う者同士の一時は、確かな心を伝えあいたいのだと。




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