嘘と本当
毛利元就という男がいる。
その男は兄に家督を譲り、兄亡き後は兄の子の後継人として安芸を支えていた。
しかしその甥も病に倒れ、家の存続と安芸の安寧のために彼は王となった。
彼は、王になるべくしてなったのではない。
ならねばいけない、その重責を負った、ただ一人の人であった。
幾度目の匂いかと、毛利元就はすんと鼻を鳴らした。
厳島神社を戦場として血を流し魂を奪うのを何度繰り返したかは分からない。
神を奉る場にて血を流す。
彼は噛みを信じていない。
毎朝欠かさず、東の海から昇る太陽に敬意を表すが神に祈るのではなく現存する太陽に、だ。
目に見えぬものは彼にとっては塵に等しく、また見えぬものを信じる者も芥に等しかった。
その芥が彼の国の、海を挟んだ島にいた。
海賊を名乗るそれは幾度となく海を挟んだ彼の国へと攻め入った。
最初は横暴狼藉を働いた、海賊の仲間を返り討ちにしたからというものであった。
彼にとっては領土を荒らした故に討伐したまでの事。
逆恨みもよいところだが、売られた戦を買わねば沽券にかかわると受け、そしてまた返り討ちにした。
その後も幾度も攻め入り、返り討つ。
そうしてまた今回も。
戦を受け、そして大将同士の一騎打ち。
かわす言葉も幾度目か。
「毛利さんよ…アンタが敷いてる策、いつでも自軍の兵が大勢犠牲になってんだろ。なんで別の策を講じねぇ!」
ガチリと武器の刃がかち合い、離れる。
彼はふんとまた鼻を鳴らす。
「兵は勝利のための駒にしかすぎぬ。その命で勝利となるのならば、犠牲にもならぬ」
その言葉に長曾我部ははぁ、と溜め息をつく。
何度同じことを言い、何度同じ言葉を返されたか。
今となっては戦以上の回数になっている気にすらなる。
「ほんっと曲げねぇなぁ!アンタのやり方じゃ、民衆は付いてこられなくなるぜ?もっと仲間を事を考えてよぅ…」
「くどいわ、鬼。安芸は貴様の言うような軟弱な国ではなし。仲間などと言う幻想など要らぬわ」
その言葉に長曾我部は武器を振り上げ肩にかける。
彼も輪刀の刃を向けてかまえる。
「今日こそはアンタのそのお綺麗な顔に泥塗って、仲間が嘘なんつー戯言撤回させてやるぜ」
「ぬかせ。此度も勝鬨は我と共にある」
丹田に力を入れ、呼吸を整える。
喧騒が遠のき、思考が整えられていく。
眼前にあるのは確かな敵。
己が手にしているのは幾度も振るった刃。
二人はまた、嘘と本当を決めるために刃を奮いだす。
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