部誌1 | ナノ


スイーツ



何故この状況に置かれているのか、あまり自分でも理解が出来ない。
だが、確かな事が一つだけある。

「…んぐ」
「美味しいですか?」
「ん、…はい、まあ」

目の前に居るのが、とてつもなくイケメンであるという事実。


此処に至るまでの経緯は酷く単純なものだ。
運命のめぐり合わせ、寧ろ運命がそうさせたのなら驚かざるを得ない程なのだけど。
先ず、目の前の彼。ディルムッド・オディナ。その美貌が示す通り、ウチの課の王子様だ。
外人さんだからか顔立ちも整っているし鼻筋もスッとした、一言で表せばイケメンってやつで。
常に周囲には女性社員が纏わりついてるような、本来なら私とは一切交わりのない世界の人。
かくいう私、みょうじなまえと言えば、同じ課に居る以上の接点はないのであって。
平々凡々、可もなく不可もなく。並を地で行くような女のはず……なんだ。
何だか現実離れした状況の中、取り敢えず落ち着こうとパフェを一口ずつ口に運んでいく。正直、忙しない。

「あー…えっと、ディルムッドさんてこういうのお好きなんです?」
「いえ、私はあまり。一人で来る程の時間もありませんから」
「あはは、確かにそうかもしれないですねえ」

…何を口にしても冷や汗が出る。頼む、絶えるな手元のチョコレートビッグサンデー。
しかし彼の表情は揺らがない。寧ろ、店に入る前よりも笑顔になっている様にすら見える。
勿論、その笑顔はウェイトレスやレジのお姉ちゃんをも虜にしている訳だが…――話を戻そう。



声が掛かったのは突然だった。昨日の昼休みも終わる頃だっただろうか。
自前の弁当を掻き込み、一息吐く。お腹も膨れてよーし、仕事だーって時。…特に異変は無かったはずだ。

『失礼します』

凛と、透き通った声が響く。ああ、彼の声だ。今日も良い声してるなーなんて思ってた矢先。
肩に手が乗る。予想外の衝撃に声はひっくり返った。息も止まるかと思う寸前で。

『ふぁっ!?』
『ッ、…すみません、驚かせて』
『だっ、いや、その…こちらこそ、す、すいません』

振り返った先の彼は申し訳なさそうに笑うのだ。
何時もの綺麗な顔を少しだけ歪ませて。あーもったいないなーとかそんな場合ではない。
私個人としては一向に構わないのだが、矢張り周りの目の痛さは尋常ではないのだ。
手身近に済ませようと椅子ごと振り返り、用件を聞く、ものの。
柔らかな微笑を携えた王子様は、その麗しいお声で驚愕の言葉を綴るのだ。

――明日の昼食、ご一緒出来ませんか。



「………」

今思い返しても頭が痛い。
友人にはつつかれ、周囲からの止まぬ影口、女上司には何時もの数倍は仕事を持って来られた気がする。当社比二倍ぐらい。
別段彼と仲がいい訳でもなかったが、特に断る理由も無かったのでOKしたのが悪かったんだろうか。
ずるずると引きずられるようにして、今の状態に至っている。
ウェイトレスの目や他の女性客の視線が背中に刺さりながら、なんとかデザートまで漕ぎ着けている。
見目麗しいスイーツは、その姿を段々と崩し始めていて甘い香りと風味、冷えた感覚が口の中に溶け合うのが心地いい。
ずっと浸っていたい…のは山々だが、矢張りこの状況から早く逃れたいというのもあって。
刹那。彼が口を開いた。

「――貴女は」
「…んん?」
「…――いえ、何でも」

言いかけて口を閉ざす。良く分からないが、表情は暗い。
何かを考えているのだろうか。しきりに目線は動き、普段の落ち着きも感じられず。
…ただ、まどろっこしいのは一番嫌いな訳で。

「ディルムッドさん、口あけて」
「え、…っ、むぐ」

不意打ちを狙って口に押し込む。いや、捻じ込む、って言った方が正しいのかもしれないけど。
何処か呆けたような顔をしながらもなんやかんや咀嚼する姿に変な笑みが零れた。
眉間の皺はそのままだけれど、幾分しかめっ面は和らいだんじゃなかろうか。やっぱり綺麗な顔には変わりないが。

「美味しいでしょ」
「……ええ、確かに」
「あんま考え込むと、眉間の皺が癖付きますよ。気楽に気楽に。考える時は甘い物でも食べながらさ」

人生勝ち組のイケメンの悩みなんてわかったもんじゃない。きっと、私が考えるのよりずっと難しい事考えてる筈。
それでも、多少良い顔してくれたらなとか思ったりする訳なんです。お節介だな私。
へらりと笑って、またスプーンで生クリームを掬う。底にたどり着くまではあと僅か。
ちらりと視線を向ければ、彼はじっとこちらを見たまま固まっている様子で。…じろじろ見るない。
ただ、そんな彼の顔は先程と違って少し晴れたような表情にも見えた。


パフェが底を尽きた時、彼が発した言葉で椅子から転げ落ちるのはあと数分後の話。



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