部誌1 | ナノ


スイーツ



「いらっしゃいませー!」

 ドアの端についてるベルが鳴り、反射的に笑顔を作って挨拶をする。入ってきたのは二十代男性が一人。どちらかといえば女性層が高い店で 男性一人でくることは珍しい。しかし、その男の容姿を確認した店員は言葉を失う。
 巷では基準が狂っているイケメンなどただの道に転がっている石ころと投げ捨てたくなる美形であった。難点いえば装いが少々――否、庶民では真似できないほど派手だが、それがさらに男の美貌を引き立てていた。まるで海外のモデルみたいだと笑顔を作るのも忘れて男に見惚れる。店内にいた女性客も男の登場にどよめきだした。男は騒がれることに慣れているのか、特に気にした様子も見せず毅然とした態度でショーケースに近づく。

「……どうも」
「な、なにになさいますか?」
「……」

 とっさにいつもより三割増しの笑顔を浮かべ、普段の1オクターブも高い声で男に尋ねる。客を選ぶなと店長に怒られる態度だ。だが、店員だって人間、。美形が目の前にいればいい顔したくもなる。しかし、男は店員を一瞥するとすぐに視線をショーケースに戻してしまう。なにこいつ感じ悪いとは口にしない。そんな店員を尻目に男はショーケースに飾られる食品を見つめたまま口を開こうとしない。さすがに店員も様子がおかしいことに気づき、男に話しかけた。

「あの、お客様?」
「……」

 店員が話しかけても男は一向に口を開こうとしない。それどころかどんどん眉間に皺を寄せ、苦虫を噛みしめるような表情を浮かべ始める。さすがに態度が見え見えすぎて気分を損なわせたのだろうか。今更自分の失態に気づき、慌てて声をかけた。

「お、お客様なにかお気に召さないことがありましたでしょうか? でしたら他の店員に……」
「全部」
「え?」

 店員の台詞を遮って男が口にしたのは一瞬聞き間違いだと勘違いしてしまうほど突拍子もないものだった。自分の聞き間違いかと思わず聞き返してしまう。
 しかし、それがいけなかったのか男の眼光がさらに鋭さを増した。誰もが目を見張る美貌を持っている分、その威力はさらに拍車を架ける。はっきりいおう、ものすごく怖い。
 それは周囲も同じなようで、さっきまで男に集中していた視線が一気に外され、見ない振りを決め込んでいる。あまりの迫力のある顔に男の隣にいた子供は我慢できず泣き出してしまった。でも母親に抱きついてもあの人怖いとは口にしない。いってどうなるか子供ながらも危機回避能力が備わっているようだ。店員からしてみたら純粋に泣ける子供がうらやましくてしょうがなかった。いっそのこと自分も他の店員に泣きついてしまえたらどんなに楽だろう。が、他の店員も関わりたくないのかこちらを見ようとせずレジを打っている。いま目の前の客を相手するのは店員しかいないのだ。もう自分クビどころか命が危ないんじゃないかと店員は男から見えようないようにショーケースから見えないところで手を組んで祈りを捧げた。
 それから間もなくしてスッと男の手が上がる。男はショーケースの端から端まで人差し指で指した。そして、今度こそ店員に聞こえるように一字一句はっきりと言い切った。

「さっさとここにあるケーキすべて出しなさい。もちろん、領収書付きでお願いします」

 最終宣告とばかりに告げられた注文に店員は引き攣った笑顔を張り付けたまま、コックリと壊れた人形のように首を振った。


* * * * * *


 丸々と太ったイチゴを乗せたショートケーキに鈍く光るフォークが突き刺さる。クリームの海に深く沈み、スポンジを切り分けるとフォークに乗せてそのまま口の中へ放り込む。存分に味を噛みしめたあと、フォークを握りしめて唸った。

「くぅー!これだよこれ!ショートケーキってぇのは本来こういう味すんだ!」

この店は正解だったな、とそばに置いておいた杯に口をつけ、ぐいっと飲み干す。そんな中年――もとい上司である管飛翔の様子を玉は信じられないものを見るかのように眺めた。

「……ショートケーキなんてただクリームに苺乗せただけでしょう、どうしてそんなはしゃぐのか理解に苦しみます」
「ああ!?おまえホント分かってねぇな陽玉! ショートケーキってぇのはなクリームの甘ったるさと苺の酸っぱさのバランスが重要なんだよ! どっちかが偏るだけで味がどんだけ違うかお前分かってんのか!」
「どうでもいいですよそんなこと、あと私は陽玉だと何回もいったら理解するんですかこの鳥頭っ!」
「そっちの方が呼びやすいんだからいいだろ、そんぐらいで気にするなんて尻の穴が小せぇ男だな」
「いいわけないでしょう糖尿病予備軍が!だいたいどうして私があなたのために好きでもないケーキを買いに行かねばならないんですか!」

 ビシッと飛翔の机の上に置いてある大量の箱を指す。それは先ほど玉がケーキ屋で買ってきたケーキだ。買い出し行ってきてほしい、と珍しく頼んできたから了承して行って初めてケーキ屋だと知った絶望がこの男に分かるだろうか。飛翔を睨むが本人は至って反省の色を見せず、暢気に耳をほじっていた。

「しょうがねぇだろ、俺が行ったらスゲェ変な目で見られるんだから」
「そんなの貴方みたいな中年には子供のためとか言い訳できるでしょう。私だって男一人で嫌でも目立ちましたから」
「お前は顔だけはいいから一人で行ってもなんも思わねーよ。いやぁ、顔がいいって得だよな」
「……こんな幼稚なお使い、私じゃなくてもよかったじゃありませんか」
「使えるのがお前しかいなかったんだ。にしてもおめぇ紙に書いたのだけ買ってくりゃあいいのにこんなに買ってきやがって……しかも領収書付きとか、これもろバレじゃねーかよっ」

 いつのまにか食べ終えたショートケーキの紙を捨て、箱から新たにケーキを取り出す。呆れた口調の割にうきうきという擬音が聞こえるほどご機嫌だ。飛翔の態度と甘ったるい臭いが鼻につき、玉は嫌そうな顔を隠すことなく露わにした。

 冒頭での会話で分かるとおり、管飛翔という男はそのいかつい面にはまったく似合わない極度の甘党だ。
 糖尿病に気を付けないといけない年齢だというのにつねに飲んでいる酒と同じ量で甘いものを摂取している。本人もまた三度の飯より酒と甘いものをこよなく愛していると豪語していた。なんでも実家が甘いもの禁止令を出していた反動からだと本人はいっていた気がする。

(だからって、これは過剰摂取にもほどがあるでしょうっ!)

 飛翔の机の上には先ほど玉が買ってきたケーキが置かれている。それが一個二個ならまだいい。いま飛翔の机の上には十個以上の色とりどりのケーキが置かれていた。
 玉にしてはただの嫌がらせで買っただけなのに、全て食べる気でいる飛翔の甘いもの好きにはさすがに言葉を失った。たとえ甘いものに目がない女子でも一人でここまで食べるというのは苦行としかいえない。それを飛翔は一人で食べようとするのだから神経と味覚を疑う。
 いや、いまはそんなことどうでもいい。それ以上に玉には許せないことがあったのだ。

「そもそもそんな大量のケーキで酒を飲まないでください!邪道にもほどがあります!」
「ああ!?そんなの俺の勝手だろ!お前につべこべいわれる筋合いなんてねーよ!」
「はあ?!生いってんじゃありませんよ!酒好きとかいっておいてこんな悪行、見過ごせるわけないでしょうが!」

 バンッと真っ二つにするほど強い力で玉は机を叩ぃ。同時にその振動によって置かれた杯が微かに動き、注がれていた酒が机に零れた。
 飛翔は大の甘党であると同時に自他共に認める大酒好きだ。それなのに、あろうことか飛翔はその酒のツマミをケーキで飲んでいる。つまみだったらもっとふさわしいものがあるというのに、あえてケーキを選んだ飛翔の思考を玉は理解できなかった。否、理解したくなかったといった方が正しい。これまで何度も飛翔にやめろと注意してきたが、一向に治す気配を見せない。そしていま、積もりに積もった不満は一気に爆発したのである。

「これ年に数本しか造られない銘酒なんですよ!?どうしてケーキとだなんてっ……」
「ぎゃあぎゃあうっせーな、食べたくなるんだがらしょうがねぇんだよ。ほらあれだ、甘いもんとしょっぱいもん一緒に食べたくなるだろ。それと一緒だ」
「だからって食べるもの選びなさい!」
「お前な、嫌がる気持ちも分かるが……結構これ病みつきになるんだぜ?」
「そんなの知りません!そんなことよりあなたいまからこの酒を造った酒蔵行って謝ってらっしゃい!」

 それが人の好みだといわれてしまえば終わりだが、酒に関してだけ認めていたのだ。だから、いまの玉にとって飛翔のその行動は裏切り行為のように思えて仕方がなかった。我を忘れて激怒する玉に飛翔は面倒臭そうに頭をかく。

「チッ……おい陽玉」
「慣れ慣れしく呼ばないでください!あと私は陽玉ではなく玉だとなんどいったらわかっ……んぐっ!!」

 条件反射で反論しようとしたそのとき、玉の咥内になにかが突っ込まれた。一瞬なにをされたか分からずにいたが、広がる甘い味に眉を潜める。ケーキだ。先ほど飛翔が食べていたショートケーキを食べさせられたのだ。それだと分かるとすぐに口から出してしまいたかった。
 しかし、口に入れたものを吐き出すなどマナーに反するためそのまま食道へ流し込む。生クリームの甘ったるい味が玉の咥内に広がっていくことに玉は嫌悪の色を隠すことができなかった。
 玉にしては珍しく感情を露わにした表情に飛翔は喉を鳴らすようにして笑うと持っていた杯に口をつけた。無理矢理食べさせたくせに、言い返そうと口を開こうとした。
 しかし、それを遮るかのように飛翔の腕が玉の頭へと回った。あまりに素早い動作に玉は抵抗する間もなく強い力で引き寄せられる。

「んんっ!」

 視界いっぱいに映る飛翔の顔、唇に当たる慣れ親しんだ感触と匂いが玉の五感を奪う。そこで飛翔に口づけられていると理解するまでさほど時間は要しなかった。離れようともがいても、頭と顎を固定されて逃げることができない。

「んっ、ふぅっ……」

 飛翔からの接吻なんて滅多にないことだ。喜ぶべきところだが、突飛すぎて呼吸が続かず、酸素を求めて微かに口を開く。その一瞬を飛翔は見逃さなかった。
 ぬるりと舌が玉の咥内へと侵入するやいなや、玉の舌に絡めてくる。肩を叩いて抵抗してみせても飛翔の体はびくともしない。逃げまとう玉の舌を追い詰めては飛翔は舌で愛撫する。そのたびに漏れる自身の声が玉の劣情を煽った。朦朧とする意識の中で玉は一つのことしか考えられずにいた。

(にがい……)

 無理矢理口にしたケーキの甘味を追うように飛翔がつい今し方飲んだ酒の味が舌を刺激する。甘味と苦味、正反対といえるふたつの味覚が玉の咥内で混ざり合う。

「んぅっ、ふぁっ……」

(ああでも……少しこれは癖になるかもしれない)

 やがて、玉は諦めて叩いていた手を首へと回した。それまで逃げていたのが嘘のように自ら進んで飛翔の舌に絡ませてくる。ぐちゃりと二人の舌が生みだす水音が部屋中に響き渡った。咥内に感じていた二つの味覚などとっくに消え去っていたが、それよりも情事を思い出させる荒々しいほど濃厚な接吻に玉は酔いしれた。
 間もなくして、飛翔の舌が玉の咥内からずるりと抜ける。まだまだ物足りなさを感じ、酸素不足で涙を溜めた瞳で飛翔を睨む。口の周りについた唾液を袖で拭った飛翔はにやりと意地悪い笑みを浮かべる。

「な、いっただろ?病みつきになるって」
「……ええ、そうですね」

でも、と玉は言葉を続ける。

「私がいるんですから、甘いものなんて必要ないでしょう?」

 仕返しとばかりに口角を上げて艶やかに微笑んで見せた。玉の予想どおり、飛翔はぽかんと口を開けて玉をただ呆然と見つめる。あまりの間抜け面に我慢できず吹き出した。玉からの熱烈過ぎる愛の言葉を受け取った飛翔はというか気まずさから照れくさそうに頬をかく。

「あー……まあ、お前がいるときぐれぇは控えてやるよ」

そ れでいいだろとぶっきらぼうな口調で玉から顔を逸らす。しかし、彼の真っ赤に染まった耳を見れば照れているのは一目瞭然であった。してやったらりと笑う玉に飛翔は顔を歪ませる。

「てめー、絶対楽しんでるだろ」
「ふふっ、だってあなたあんなキスをけしかけておいてこれぐらいでこんなことで照れるだなんて……」
「うっせー!俺は今からケーキ食べるからな!」
「はいはいどうぞ、それで糖尿病になっても私は知りませんからね」

 話を無理やり切ってひらひらと手を振ってみせると早速とばかりに飛翔は再びケーキに喰いついた。さっきまでの熱い接吻を交わっていた思えない変わり身の早さに玉は呆れるしかない。
 だが、これも飛翔なりの照れ隠しなのだろう。鼻で笑ってやりたかったが今更蘇った胸焼けのせいで気分も萎えてしまった。やはり、甘い物は好きになれない。

(でも、またあの甘くて苦いキスができるなら……甘い物も悪くないですね)

 なんて飛翔にいえるはずもない。なんだか飛翔に負けたみたいに感じた玉は腹いせとばかりに杯を奪って残った酒を飲み干した。




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