部誌1 | ナノ


ふわり、微睡む意識の中に



光の粒が降ってくる。錯覚だ。発光体はここにない。光子が見えるはずも降ってくるはずもない。
降ってくる埃が陽の光を浴びて輝いている。月みたいだ。それ自体が輝いているわけではないのに、光の粒が落ちてきているように見える。
それを立ち上がりの遅い古いパソコンのCPUみたいにいつまでもいつまでもタスクを開始しない脳みそが、何から考えればいいの、と疑問符を持ち上げてきた。
ポンコツのCPUにこんな高解像度の映像をぶち込めばそりゃ動作も止まるな、と同じ脳みそで考えながら瞬きを一つ。
それを切欠のようにして、クリアな記憶が頭のなかに雪崩れ込んできた。記憶というのは映像や音声のデータではない。
自分の主観で加工された、出来事に対する感情が付随された一つのまとまりだ。
それを、胸の中に置くべき場所を決めて、据える。終わったことなのだ、とざわめく神経をなだめながら、ゆっくりと息を吐いて、知らず知らず閉じていた瞼を開けた。
さっきまでは気づかなかった人間が見下ろしていた。
子供のくせして、やたら身体つきが良くて、自分よりも上背がある。瞬きをして瞳の乾きを抑えて、その子供の目にピントを合わせた。
「やっと起きたか、寝坊助」
「……火神か……」
乾いた喉が発した声は少しかすれて低くなっていた。
「すげぇ……頭重い……気持ちワリィ……俺、このまま起きられないんじゃ……」
「バーカ。二日酔いだよ。久しぶりに日本に来たからってハメ外し過ぎだ」
そう言いながら火神は飲み物、何かつくってやろうか、と言った。少し呆れた様子で。
「ビール……ビールをくれ」
「……何いってんだアンタ。ココア、作ってやるよ」
「コアントロー入れろ」
「誰が入れるか」
伸びてきた手が額を弾く。その衝撃が殴りつけられたような鈍い痛みを誘って、拡張する。ヒデェ、と呻くとなんとも思ってなさそうな声で火神が「悪かったな」と言った。
「その悪びれねぇとこ……、年々親父に似てくるな」
「やめろよ、そういうの」
「……悪い」
キッチンで動く音がする。同じ格好で寝ていたために強張った身体を解すように足を動かした。
かけられていた毛布が動いた。昨日着た服をそのまま着ている。シャワーも浴びずに寝たらしいと思いながらもう一度目を閉じた。
カシャカシャ、という鍋をかき混ぜる音がする。火神は料理が上手いから、となんだかよくわからない思考をしながら、身体の怠さに誘われるようにしてもう一度眠りの中に落ちていこうと思った。
目を閉じれば、光が降ってくる。そうして、俺は愛した人の事も、それまで後生大事に守ってきたはずの矜持も何もかも忘れる。
目が覚める前に、見ていた夢をもう一度見られるといい、と思った。
これまでの人生がここに帰結するためのものだったとしたら、それほど幸せなことはないと思った。
そういう夢だった。




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