恋いしらに春を待つ辺り一面、白銀の世界。 白を纏わり付けた木々が重さに耐えかね、どさりと雪の塊を落とした。今頃小さな子供達は雪だるま作りに必死だろう。 小さな、そう考えたところでふとあの人の姿が脳裏を掠めた。そしてゆるり口許を緩め、目を細める。ああこんな日はあの人によく似合うのだ。面影が、背景にぴたりと重なった。 「日番谷、隊長、」 はらり、はらり。 舞い落ちる雪は肌に触れた途端、儚くも溶け消えてしまった。熱に侵されたのだ。天空から授かりしそれは、どうにも人の温もりには慣れていないようだった。まるであの人のようだと私は思わず溜め息を零す。 甘える術を知らない、頼る術を知らない、幼くも憎らしい程に強い、彼。私の敬愛するひと。私が心から愛した、ひと。 「そろそろ冬は終わってもいい頃なのに、いつまで雪は降り続くのかしら」 日番谷に似ているとは言っても、あまりにも寒い日が長々と続くのは好ましくない。寧ろ迷惑だった。 うんざりと空を見上げれば、雪が入り込み、口内でじわりと溶けた。冷たい空気を目一杯吸い込んでしまい、私は少しだけ咽せる。何やってんだ、彼が見ていたら真っ先にそう言われていただろう。しかしあくまでいたら、の話なのだけれど。 「何やってんだ、松本」 「た、隊長…!?」 いたのだ、彼は。 突然の登場に驚きを隠せず、目を瞬かせていれば、ふわりと投げて寄越されたのは暖色のマフラー。そう言えば私は彼に買い出しを命じられていたのだった、雪に気を取られていてすっかり忘れていたが。 「松本、てめェは買い出しに何時間掛かってんだよ」 「あ。いつまで経っても帰って来ないから心配して来てくれたんですか?」 「逆だ、逆。いつまで経っても帰って来ないから仕方無く自分で買いに行こうとしてんだ」 「またまたぁ。隊長、私には嘘吐くの下手ですもんね」 面白おかしく笑う私を、決まりの悪そうな顔で見詰める日番谷。 それから、それしとけ、とだけ言うとくるりと踵を返した。足先は店とは真逆の来た道を辿ろうとしていた。それ、とはこのマフラーのことだろう。首に巻き付ければ暖かかった。 ほらやっぱり、迎えに来てくれたんじゃないですか。 しかし素直じゃない彼のことだ。言ったら盛大に顔を顰めるだろうから、言わないでおいてあげよう。 「はぁ。今日は一段と寒いですねー、隊長ー?」 「馬鹿野郎。そんな薄着で出て行くからだ。ったく、俺の羽織り被ってろ」 「そんなのいいですって。それより……雪、止むといいけど…」 「雪?これ、まだ当分は続くと思うぜ」 「違いますよ。日番谷隊長の雪が、です」 意味深に呟く私の瞳を不可解そうに捉えた、翡翠。 そう、日番谷の心に降り積もる冷たい何かが一気に溶け消えてしまえば、どれほど嬉しいことか。私はただひたすらに春が訪れるのを待っている、長い間、ずっとずっと。 大きく溜め息を吐き、彼はがしがしと自らの頭を掻いた。そしてすらりと伸びた白くも逞しい腕、それが私の腕を掴み、引き寄せられて。 「何だかんだで迷惑掛けてんのは俺の方か。悪ぃな、松本」 「いえ。私は待ってますから」 「あぁ。もう少しだけ積もるかもしれねぇ……が、必ず、春は来る。そうしたら、」 唇が、重なり合った。日番谷の言葉の続きは熱い吐息によって呑み込まれてしまった。冷たくて、けれど甘くて優しくて、それはとても不思議な接吻。 日番谷の口から真意を聞いたことは無かったが、それでも良いのだ。今は、これで。彼の一番近くに居られて、彼の隣で息をしている。それだけで私は十二分に幸せだった。 高望みをしない訳ではない、願わくば、なんてことは常々思っている。しかし今はその時ではない気がするのだ。 その時が来たら、日番谷は動いてくれるだろうと信じている。自惚れなどではなく、どこか確信めいたものがあった。 私が何より欲しい言葉が彼の口から与えられる日は、きっと、そう遠くはない未来にある。 --- |