chain黒雲が辺りを覆いつくし、雨はぽつりぽつりと降り出した。 透明な雫が、上下する肩に当たっては音もなく弾ける。 「松本ッ行ったぞ!」 「はい!!」 最近は虚の数が大幅に増え、隊長格が送られることも少なくない。 以前は活気に満ちていた流魂街も今では静まり返り、誰一人、外をうろつく者はいなかった。 「ほんっと誰もいませんね」 話には聞いていたけど、と付け足すと、松本は驚いた顔つきで辺りを見回した。 雨脚は激しくなる一方で、二人の足音だけが響く。 「集中しろ。まだどっかに虚がいる筈だ」 警戒を強めながら歩く日番谷は、前だけを見ていた。 振り返れば、無残に散らばる残骸。 非力な者達を襲った虚の姿が、容易に想像できる。 一体、いくつもの魂魄が奪われたと言うのか。 一体、いつになったら平穏が取り戻せると言うのか。 「――死神様っ!」 突然聞こえた幼い声。 想いに揺れていた彼を呼び戻すかのように、少女は叫んだ。 頬を幾度となく拭い、二人に小走りで駆け寄る。 雨に濡れよくは分からなかったが、彼女は多分泣いていた。 「…姉も…母も…友達も…っ…みんないなくなって……」 少女は泣きじゃくりながら、顔を思わず歪めた。 それと同時に張り上げた声、余りにも悲痛な叫び。 「死神様は…っ私達を護ってはくれないのですか…!!」 その言葉は、日番谷の心を打ち砕くようだった。 脳裏に浮かぶのは、藍染、市丸、東仙…そして……。 俺が今まで護ってきたのは、何だったんだ――。 迷いが不安を呼び、不安が哀しみを呼ぶ。 この想いの環が断ち切れることは、最早無いのかもしれない。 「たーいちょ!どうしたんですか、そんな難しい顔してー?」 松本は日番谷の顔を覗きこむと、明るく笑った。 少女は既にどこかへと走り去っていて、もう此処にはいない。 「早く帰らないと、風邪引きますよっ!ほら、早く!!」 能天気に笑う松本を見て半ば呆れると、日番谷は早足で歩き出した。 水溜りを踏みつけ、飛んだ水滴は、微かに光った気がした。 「……お前にどうやって報告書を書かせるか、考えてたんだよ」 この想いを、断ち切ることはできないけれど、この想いを、和らげることはできるのかもしれない――。 日番谷はあからさまに嫌そうな顔をしていた彼女に背を任せ、再び歩みを進めた。 「行くぞ、松本。」 ←back |