護る刃





薄暗く気味が悪いほどの、暗雲の空の下、隊士達の叫び声と共にそれはやって来た。高まった緊張感、張り詰める空気、そして震える声が響いた。



「隊長!奴等の…春雨の、襲撃です……ッ!!」



暫しの沈黙、ただでさえ張り詰めていた空気は更に重々しくなり一番隊にのしかかった。誰かがごくり、と唾を呑む音がする。沖田はやっと来たかィ、とだけ呟くと、刀を握った。



「沖田、隊長…?」

「山崎の情報は、どうやら当たりだったみたいでさァ」



此処を俺達が見張っていて正解だったと独り言を零した、沖田はいつになく真剣な顔をしていた。恐らく普段の彼からは想像も出来ないだろう。それ程までに禍々しい殺気を纏っていたのだ。

隊士達は驚くと共に、自身の隊長の恐ろしさを痛感していた。そして彼の緊張感をそこまで高める敵の勢力に、少なからず抱くのは、不安の二文字。


突っ立ったままの彼等を見回し、沖田はゆるりと立ち上がると、低く唸るように吐き出した。



「春雨の狙いは、近藤さんの首でィ。早く屯所に戻って、土方クソヤローに報告しろ!」

「で、でも、それじゃあ隊長は…」



口篭もり、不安そうな表情を作る隊士達に、沖田は真顔で応える。



「俺が奴等を食い止めまさァ。そんなに俺の腕が信じられねェんで?」

「い、いえ!ですが……っ」

「それとも。隊長の命令が聞けねェのか、てめェら」

「…っ!隊長…どうか、ご無事で、」

「誰に物言ってんでィ」




ただ一人、残された沖田は、揺すればボロボロと大粒の雫を零しそうな雲を見上げる。あァこりゃひと雨来るかもしれやせんね、なんて呑気なことを考えながら、



「胸糞悪い天気でさァ」



忌々しくそう呟くとしっかりと前を見据えた。瞳がギラリと眼光を宿し、目つきは人殺しのそれへと豹変する。

足音が近付いていた。数え切れぬ程の大群が、すぐ、そこまで。

身体中の血が騒ぎ出す。興奮だろうか、恐怖だろうか。いやそれとも、護りたいという本能だろうか。



「まあ、どれでもいいよなァ…」



にやり、口許を歪め不気味な笑みを浮かべると、沖田はするりと刀を抜いた。其れは暗がりの中で、怪しく光を放っていて。彼の冷たくも燃え盛る瞳を照らしていた。




「──死んじまいなァ!!」



飛び交う血の赤。怒声と共に、刃は勢い良く振るわれる。

相手に休む暇も一瞬の隙さえも与えず、沖田は次から次へと斬り込んで行った。


沖田の強さは、圧倒的だった。だが斬っても斬っても沸いて出てくる敵に彼の疲労は増す一方だ。刃はこぼれてしまい、疲労で腕も鈍る。多勢に無勢、今がまさにその状況で。



「…くそ……ッ!」



幕府の狗に成り下がった義理も人情も無い人斬り、否、殺人鬼。沖田は陰でそう言われ続けて来た。しかし、他人の評価など差ほども興味は無かった。


ただ、一体幾つ屍を踏み越えて来たのだろうか、自分自身でもそれが分からなくなる程、沖田は人を殺し過ぎた。それでも、この手が人の血の温かさを、心地よさを覚えることを恐れた。だからこそバズーカを好み、沖田は血に狂わないよう、誰の血にも染まらぬようにしてきたつもりだった。

何て自分勝手なのだろう、そんなのは自分が一番よく理解している。今まで奪って来た命に、何て言葉を掛けたらいいかも分からない。



「邪魔でィ!ここは何があろうと通さねェ!!」



でも、それでも、あの人を護るためならば、刀を抜こう。それは沖田が沖田自身にたてた誓いだった。護りたいものを見つけた、ただそのためだけに刃を振るう。

あの人は、……近藤さんは、真選組の魂なのだから。



――どれくらい時が経っただろう。もう春雨の姿はひとつも見当たらない。辺りは一面、血の海だった。



「ざまーみろってんでィ」



だが、隊服に染み付く赤が、もう誰のものかは分からない。 奴等を斬った時の返り血だろうか。いや、それとも。

視界が段々とぼやけ、意識も遠退き始めた。足取りも覚束ないまま、そして沖田はどさりと倒れ込んだ。





「──っご、……総悟…っ!!」



誰かが俺を呼んでいる。人が折角気分良く寝ているのに、誰だよ、お前。沖田はゆっくりと目を開けるが、視界はやはり、ぼやけたままで。

だが、ようく目を凝らすと確かに見えた。風に揺れた黒髪と、吊り上がった瞳。



「…死、ねィ……土方、コノヤ、ロ……」



いつものように悪態をつくと、手から滑り落ちた刀を握り直し、眼前のそいつに突き付けた。



「…おい、総悟。てめェが死んで、どうすんだよ」



相変わらずの土方の態度に、沖田は少し笑ってみせた。生意気だ。何言ってんでィ、と。


そしてもう一度、土方が俺の名を呼んだ気がしたが、しかしもう視界は真っ暗で。

そいつが最後に見せた表情を、俺は知ることが出来なかった。




(最期に見た空の色は、きっと澄み切った青だった。)





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