全て忘れ、君だけを愛す「おいっ!」 大きく両手を広げた、その黒い背中に向けて俺は叫ぶ。 それでも眼前に佇むヤツは、万歳する事を止めない。 「やめろ!」 まるでこのまま大空へと羽ばたいてしまいそうな程、大きく大きく両腕を広げて。 楽しそうに微笑んだヤツに、それでも俺は叫び続けた。 俺もヤツも、護る手段を、魂である刀を、疾うに失っていたから。 「お願いだ、やめてくれ…っ」 ――俺を、庇わないでくれ。 最後の一音を弾き出した瞬間に、聞こえた銃声。 パンっ、乾いた音が薄暗い暗雲の下で鳴り響いた。 戦場で笑う事など許されない。 しかし、それでもヤツは最後まで……俺に不器用な笑みを向ける事を止めなかった。 俺の前に隔てた壁の向こうで、飛んだ朱色。 其の鮮明な赤を、俺は忘れはしなかった──。 「…、すぎ……高、杉…」 「おい、銀時ィ?」 「いく、な……、やめっ…」 「ったく、面倒くせェなァ。何うなされてんだ?お前は」 高杉は俺の肩に触れると、途端に激しく揺すった。 そして漸く意識は覚醒する、…あぁ夢だったのかと。 何度も何度も見た此の夢は、夢と云えど実際に起きた事だから。 俺はその度に居たたまれない気持ちになってしまう。 そして無意識に手を伸ばして、 「ここ、痛かっただろ?」 「名誉の負傷だ」 「…あの時俺を何で庇った?」 「ククッ、可笑しな事言うなァ銀時。好きな奴を守るのに理由なんていんのかァ?」 そっと触れれば、眼帯の下に潜む隻眼に射止められた気がした。 身動きが、取れない。 愛してる、──そう高杉は耳元で囁くと、俺をぎゅうっと抱き締めてくれた。 過去は振り返んな、前だけを見ろ。 そう言うヤツの腕が力強く絡まり、ほどけない。 「俺ァ初めからてめェが無事でさえいれば、後はどうでも良かったしなァ」 「…なぁ高杉……、」 「何だ?」 ──ありがとうよ。 「俺、お前が本気で好きだわ」 ふっと軽くなった心。 正直な気持ちを伝えれば、高杉はクク…と笑い声を漏らす。 「お前それ、真顔で言う台詞か?こっちまで恥ずかしくなるだろォが」 「……違ぇねー。」 一瞬呆れたような顔をしたが、言葉とは裏腹に恥ずかしがっている様子は全く感じられなかった。 俺は高杉の身体に身を任せると、抱かれるままに抱かれた。 きゅ、と袖に食い込む指先さえ愛しくて。 顔を上げ高杉の整った顔を見詰めれば、熱視線に唇まで絡み取られてしまった。 …ちゅ、 其れは何もかも忘れてしまうような、優しいキスで──。 ←back |