隠された色彩@





愛して欲しいとは云わないから、隣に居るくらいは認めてよ。俺だけを見ていて欲しいとは云わないから、見捨てることはしないでよ。素敵な恋愛ができるとは思っていないから、――アンタを愛してしまった、俺の我が侭な感情には――…どうか、どうか気付かないままでいて。


望まれない恋情を募らせていく心だけは、誰にも邪魔されたくなかった。


俺はただ、欲しかったのだ。

俺自身の確かな感情が此の胸には潜んでいる。大事に大事にしまったままでも構わない、その証が俺の味気ない人生を肯定している唯一である気さえしたから。


願ったのは、下らない愛情。

報われない恋をしている自覚はあるわけで…――。





「……不毛、でさァ」



自嘲気味に零した笑みは、顔面に張り付いたまま拭えなかった。


沖田は今、江戸一番の団子を心底不味そうな顔をして食べていると思う。先程から店の奥で、店主が怪訝そうにちらちらと様子を窺っているが、そんなものはどうだっていい。

憎々しい感情の渦に支配されて、気分は最低最悪だった。これも全て土方のせいだ、と。そう思えば思うほど、アイツに振り回されてばかりの自分に気付いて苦い笑みが離れない。


このままだと沈んで行くばかりだ。沖田は頭を振って立ち上がった。





「――…総悟!」



屯所に帰った沖田を真っ先に出迎えたのは、最も会いたくないヤツだった。否、出迎えたというのは語弊があるかもしれない。



「お出掛けですかィ?土方さん、今日は内勤でしょう」

「そういうお前はどこに出掛けてたんだよ。書類整理頼んどいたの、まさか忘れたとは言わねーよな?」

「……あ。やっちまった!」

「てんめェ、」

「間違えてトイレットペーパー代わりに使っちまった!」

「どんな間違え方ァァァ!?」



まあまあ、と宥める沖田に土方はぶつくさと小言を垂れた。

それを退屈そうに聞き流しながら、アンタ、用事は?、と切り出せば、さして急ぎでもないようで。ゆるりとした動作で踵を返した。



「すぐ戻る。それまでに、」

「はいはい。分かりやした」

「……それから、」



土方は一瞬迷う素振りをみせてから、目線だけで振り返り、沖田の目をじっと捉えると、言った。



「帰ったら話がある」



どきりとした。生返事をすれば、俺の部屋に必ず来いよ、と言い残して、土方の背中は遠ざかっていく。沖田はそれを恨めしそうに睨み付け続けた。


――…何で、俺が、こんな想いに侵されなければならないのだろう。甘美で苦々しいその全てに胸が締め付けられた。しかしそんなのは今更だろう。時間の経過が、さらに沖田を最奥へと沈ませて行く要因であった。時が経てば経つほど、後戻りできない所まで墜ちて行く。


――それはきっと、姉上も、そして土方も、そうだったのだろう。


何処に行くのか、とは問わなかった。沖田はその答えをもう既に知り得ていたから。土方は刀だけを腰に差して、ふらりと屯所を離れていった。


そうだ。沖田は知っていた。昨日は姉上の命日で、沖田は立派な切り花を届けに行った。もう一年が経とうとしている。毎月その日は、沖田にとって特別であった。

そして、知っていたのだ。土方も、また、その日の翌日に姉上のもとへ向かっていることを。何も、持たずに。声を掛けることもせず、墓石をじっと見詰めているだけで。それが余計に沖田を悲しくさせていた。花を添えてくれたならば、どれほど楽だっただろうか。


土方は気付かれていないつもりなのだろう。だから周囲の、特に沖田の目を憚って、わざわざ翌日に訪れるのだろう。

沖田は見えなくなった土方の背中を追い掛けていた。そして土方は、――亡くなった姉上の背中を、今も未だ見ているのだろうか。



「何でだろうねィ……姉上が亡くなった今の方が、ずっと苦しいでさァ……」



沖田はポツリと呟き、鼻を啜ると、屯所の門をくぐった。うたた寝をしていた門番を腹いせに殴りつけても、此の気持ちはおさまらなかった。






》to be continued..




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