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「――総悟ッ!!」



どれだけ歩いたかなんて、分からなかった。人通りも少ない道を行く宛もなくフラフラとさ迷っていたら、土方さんの声がしたのだ。


普通は避けるであろう、血だらけの抜き身刀を持った俺に対して、土方さんだけは一直線に此方に向かって来ていた。荒く呼吸を繰り返している。

ああ、走ってきたのか。
でも……何のために?



「観念して、漸く会いに来てくれたんですかィ」

「馬鹿言ってんじゃねェ」



土方さんは吐き捨てると、刀を握ったまま離さない俺の右手には目も呉れず、両腕いっぱいで力強く俺を抱き締めた。

俺は呆気にとられて。痛い、と悲鳴をあげても土方さんは聞いてくれなかった。離すつもりはない、ということだろうか。



「てめェは勝手すぎんだよ。周りに迷惑掛けて、近藤さんにも心配させて、」

「……」

「勝手に離れるなんざ、許さねェって言ってんだよ!」



無我夢中という言葉が相応しいに違いなかった。土方さんらしくもないと思ったけれど、それも少し違う気がする。そもそも土方さんらしい、って何だ。マヨラーでヘビースモーカーで口煩くてすかしていて――、少なくとも俺は知らない。こんなにも誰かの為に必死になる土方さんを。ましてやその誰か≠ェ俺だなんて、絶対に。



「何だか土方さん、変だ」

「うるせェ、お前に言われたかねェよ!」

「またムキになって。意外と熱いお人だったんですねィ」

「――…っ!そもそも、誰のせいだと、」



土方さんは捲し立てようと大きく口を開いたが、暫し固まると閉口して。それから舌を鳴らし、きまりが悪そうに頭を無造作に掻いた。

その一連の行動を不思議そうに眺めていると、刹那、唇に触れた感触。



「好きなんだよ」



低音が耳元で響く。土方さんは重ねては離れ、また重なっては離れ、何度も何度も確かめるように唇を触れ合わせた。ふ、と空気を求めても、すぐさま塞がれて。温もりに戸惑う。



「……こんなにも誰かを好きになったのは、初めてだ」



だから、変とか、しょーがねェだろ。土方さんは最後に俺の唇をなぞりながら、照れ臭そうに唇を歪めた。

言葉が直接、脳に注ぎ込まれて行くようだ。――俺はいま、どんな顔をしているんだろう。



「なんなんです、それ。わけ、わかんねェ、よ」



もしも俺が可笑しくなって、周りが変わっていったとしても、きっとこの人だけは、土方さんだけは、変わらないでいてくれるのだろう。何故だかそれが、今は一番幸せな気がした。

多分俺もそれでよいのだと思う。そう、それでいい。いや、それがいい、――何よりもそうであって欲しい。


俺の瞳が控えめに光り、その向こう側で土方さんがほう、と息を吐いた。キレイだ。なにが、とは言わない。俺も聞かない。

土方さんは俺だけを見ていた。それで充分だった。



「そーご、」



ふいに名前を呼ばれた。

俺は彼の瞳に映り込んでいる自分自身をじいっと見詰めた。



「……総悟。」



もう一度、名前を呼ばれる。

吸い掛けていた息をぴたりと止めた。どうしてだろう。鼻がつんとして、ついでに胸も苦しい。それに涙も出そうだ。


俺はぎゅっと口を結んだ。こんなにも誰かを愛したのは、初めてだ。″。になってその言葉の真意を知ったのだ。ごくり、喉を鳴らす。嗚呼、俺にも、一つ分かったことがあるから。

生きてから数え切れないほどの人と出会って来て、でも――こんなにも誰かを信じたのは、はじめてだった。



「俺は、やっぱり、真選組の沖田なんでさァ」



言いながら、空を仰いだ。

雪に包み込まれ、あんなにも俺を蝕んでいた熱はいつの間にかどこへやら消え失せている。はらはらと舞うそれらを目で追っていると、とても穏やかな気分になった。



「そしてね、土方さん」



今度は前を見据える。

白い世界に浮かび上がる、漆黒のひと。その冷たい指先が俺に触れる。気持ちよかった。心地よかった。もっと触れて欲しい。もっと近くにいたい。



「……アンタと共に生きて行くって、今、そう決めやした」



――白と、黒。

視界を彩った美しいまでのコントラストを、俺はそっと抱き締めた。





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