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俺は逃げていた。必死に逃げていた。黒雲がもうそこまで迫っている。捕まったら最後、俺はどうなってしまうのか。答えは未だ曖昧だが、多分、可笑しくなってしまうのだろう。猟奇的殺人犯を笑えないくらいには。

ただ思ったことは――近藤さんと、死んだ姉上を悲しませることだけはしたくなかった。




「あれま、ソーゴ。今日も売り上げ好調じゃーん?」

「言ったでしょう。天職だって。俺、ホスト向いてんですよ」

「ホントホント!このまま行けばナンバーワンの皇司さんも抜かしちまうんじゃん?」

「まァねィ、それも時間の問題かもしれやせんぜ」

「ははっ、言うじゃーん!」



俺の肩をど突いて来るコイツは、新しい仲間擬き。真選組を捨ててなんでホストなのかは自分でもよく分からないが。誘われたし、儲かるし、面白いし、まァいっか、と思ったのだ。


土方さんには一応、ソーゴ≠ニしての名刺を渡しはした。しかし未だに彼が訪ねて来たことは一度もない。当然と言えば当然だが。そうは思えど、少しは気にしてくれてもいいじゃないか、と思う俺はワガママなのだろうか。



「なァ、ソーゴ、お前真選組辞めてよかったわけ?」

「は?なんで」

「いや、べっつにー。何となくソーゴはそっちのが向いてんじゃねとか思っただけじゃん」



ホストの仕事はキラキラしていた。いつも輝かしい光に囲まれながら、女性を楽しませ、周囲を幸せにする――独りよがりな人生を歩んで来た俺には、全くの未知の領域だった。

夜中に不審者につけられたら、明かりの灯ったコンビニに逃げろ的な心理だったのかなァ、なんて今更思う。表向きは市民の為の警察でも、根っこの闇は消せなかったから、この強い光に惹かれたのかもしれない。



「余計なお世話でィ。……んじゃ俺、ちょっくら休憩行ってきやす」



ギイィと音を立てる金属製の扉を開ければ、いってらさーい、とヤツが手を振ってきた。俺はそれを一瞥してから首元を締め付けるネクタイを緩める。扉は重量に従い、勝手に閉まっていた。


外は酷く冷え切っていて、粉雪が散らつくほど寒かった。

俺ははァァ、と深く溜め息を吐き出した。これからどうしたらいいかなんて、自分がどうしたいかなんて、考えてねェよ、悪いかよ。悪態を吐きつつ、地面をなぞるように見詰めれば、


ざく、ざく――


雪を踏み締め、近付いて来る足音が一、二、……五つ。こんな奥まった細い裏道に何の用かと考え、俺は再び白い息を吐き出した。



「……何の用でさァ」

「真選組一番隊長、沖田総悟とお見受けする。お命、頂戴っ」

「元だぜ、元。得物も持ってね…――っつ!」

「問答無用だァ!」

「、ンの糞ヤロー」



襲い掛かる浪士共をくるりとかわし、俺は射殺す勢いで奴らを睨んだ。最悪だ、ツイてない。刀を手放した俺は一般庶民と何ら変わりない、と言ったところで許されないとは知っていたが。だって俺は奴らの同胞を殺し過ぎたから。


俺は低姿勢を保ちながら、突きに出た一人を紙一重で避け、その脇腹に鋭い蹴りをお見舞いしてやった。そして男が吹っ飛んだ隙に、すかさず刀を奪い取る。いとも容易く形勢逆転だ。



「――死にてェ奴からかかってきなせェ」



赤みがかった瞳は熱に狂い、身体中からほどばしる殺気はさながら――阿修羅のようだと。誰かがそう、呻いて、事切れた。


じわり。誰とも判らぬ血液が混ざり合い輪を為す。真紅が次第に広がり、俺の足元を染め上げた。

俺は結局、ここに辿り着くしかないのだろうか。捨てた筈の人生を再び拾い上げてしまっている自分に、叫び出したい衝動を堪える。ただ、逃げ場を探したかっただけなのだ。



「きっと……もうとっくに、ダメになっちまってたんでさァ」



しんしんと舞い降りる雪が頬を撫でる。止め処なく掠めては儚く溶け消えるそれをぼんやり眺めて、まるで泣いているみたいだと思った。滲んだそれは緩やかに伝い落ちてゆく。


この雪景色のように、己の心も真っ白にしてしまえたらどれほど幸せだろう――。


しかし身体中を駆け巡る血は赤く、どくどくと絶え間なく脈打っている。たった数分間の出来事だったのに、高ぶった感情が消えない。人を斬るあの感触が消えない。だがそれを不快だと思えない俺は、徐々に自分をも見失いつつあるのかもしれない。狂気が迫る。紅に溺れる。


どうか俺を白く、白く染め上げてくれ。限りなく純粋な色で覆い隠してくれ。

けれど俺のちっぽけな願いさえ、空は嘲笑うかのように見下ろしている。


俺は、雪白に焦がれた。






》to be continued..



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