A何を馬鹿なことを、土方はそう言い掛けて淀んだ。彼の予想に反し、俺がずっと真剣な眼差しを向けていたからだ。 土方は、敵はお前だァ、なんてバズーカを撃たれるのには慣れている。だからこそ俺が常とは明らかに違うことにも気付いている筈だ。その声音も、顔付きも、眼光も。 しかしそれでも、確認せずには居られなかったのだろう。 「………何、言ってんだよ、総悟。……本気か…?」 「俺はいつだって本気でさァ。真面目に答えてくだせェ」 「んな…っ、つーか有り得る訳がないだろ。そんなこと」 土方は息巻く。馬鹿なことを言っているのは、俺が一番よく分かっている。 「まさかお前、本当に俺を疑ってんじゃねーだろうな?」 「だってあんたが言ったんでしょ、簡単に騙される俺が悪いって」 「――はあ?」 俺は冷めた視線を土方から外し、静かに睫毛を伏せた。 未だに彼は俺が何を思っているか分からないでいるのだろう。それも当然か。俺自身でさえ、自分の言いたいことをよくは分かっていないのだから。しかし言葉が、感情が、波のように押し寄せて来る。 暫しの沈黙の後、なら、と俺は言葉を続けていた。 「聞き方を変えやしょうか」 「………」 「もし俺が裏切り者なら、土方さんは俺を殺せますか?」 「……それは、お前が今回の件に関わってるっつーことか?」 「さあ?どうでしょうねィ。それより質問に答えてくれやせんか?殺れるのか、殺れないのか」 「―――俺は、」 土方が口籠もったのは一瞬で、次の瞬間には、何時もと少しも変わらない真っ直ぐな眼で俺を見据えていた。揺るぎない、芯が強いその瞳。 「お前が真選組にも近藤さんにも仇なすと言うなら、迷わず、――斬る」 随分とはっきり言い切るんだな。言葉通り迷いの無いその声音にズキリと胸が傷んだ。 そしてああそうだった、思い出したと、思わず苦笑する。確かあの夢はもっと前から始まっていたのだ。 対峙する俺と土方。高い金属音を打ち鳴らし、刀と刀が何度か交わされた後、俺のそれが彼のそれを弾き飛ばした。チャンスだった。十分に仕留められる機会はあった。 しかし殺せなかったのだ、俺は、土方を、――殺せなかった。 いつも殺す気で様々な悪ふざけを仕掛けてはいたが、本当の所、俺の刃は土方を貫くことを恐れたのだ。今になってその意味を急速に理解する。 あの時、両腕が震えたのは何故だ。目を逸らしたのは何故だ。答えはひとつ。俺は土方を失いたくなかったのではないか。 「そっか、……ははっ、そう、ですよねィ」 「おい、総悟?お前ホントにどうしたってんだよ」 「……いえ、土方さんは卑怯者だって思っただけでさァ。だってこれじゃあ俺、一生あんたに勝てねェじゃねーですか」 乾いた笑い声を尚も立て続ける俺に、困惑気味の土方が手を伸ばした。くしゃり、甘栗色の髪が無造作に掴まれる。 刹那、とうとう俺の胸は破裂してしまった。熱いものが込み上げて来て、止まらない。ぎょっとした顔のまま土方は固まった。何だよそんなに酷い顔してんの、おれ。情けねェ、と掌で顔面を覆おうとして、今度は俺がぎょっとする番だった。指先に生暖かい液体が触れたのだ。 先程まで訝しげに眉を寄せていた男と同一人物とは思えないほど、彼は困ったように俺を見詰めていた。何があった、と訊ねる声音が心なしか優しく感じる。突然泣き出した俺を心配しているのだと嫌でも分かった。 「……夢をね、見たんです」 「ゆめ?」 「そう。土方さんに殺される夢でさァ」 「そりゃ…随分と悪趣味な」 「でしょう?けどね、あんたは俺を殺すのに、俺はあんたを殺せねェんです。……何でだか、分かりやすか?」 「いや…、何でだ?」 「――俺が、土方さんに惚れちまってるからですよ」 土方は隠すことなく、切れ長の目を限界まで見開いた。しかし俺はと言うと、どこか遠い所を見ているような、そんな気分に浸っていた。まるで自分が自分でないみたいだった。 ふたりだけの空間に、静寂は音もなく訪れた。 》to be continued.. ←back |