きみは何を所望す





「あんた、馬鹿でしょ」

「はァ?ちゃんと買って来てやったろうが」



呆れて物も言えない、とはこういうことを指すのか。沖田は一際大きな溜め息を吐き、差し出された小箱をぶっきらぼうに突き付け返した。

何だよ、と不機嫌そうに眉根を寄せる土方に、もういらねェからあんたが食いなせェ、と一言吐き捨てて。



「おい、総悟!お前が言ったんだろ、ケーキが食いてェって」

「ええ、言いましたよ。でももうお腹一杯になりやした。寧ろリバースしちまいそうでィ」

「……俺が出てる間に、何か食ったのかよ?」

「やっぱりあんたは馬鹿でさァ。そもそも、土方さんに頼んだのが間違いでした」



沖田が口角をつり上げて嘲笑うと、土方はさらに顔を歪めてみせた。腑に落ちない、とその表情は物語っていた。

何でこうなったのかなんて、俺が一番聞きたい。沖田は土方に返却した小箱を再び覗き込んだ。途端にうえっぷ、と吐き気が込み上げて来て。中身は確かにケーキなのだ、俺の誕生日だから、と頼んだもの。しかしその味付けに非常に大きな問題があった。



「俺ァ確かに言いやしたぜ。誕生日にケーキくれェあってもいいんじゃね?って、」

「だから、ほら、」

「でも……誰がマヨネーズまみれにして欲しいなんて言いました?」



沖田はキッと威嚇するように、土方を睨み付けた。


そう、生クリームをふんだんに使ったケーキの上に、それに負けないくらい大量のマヨネーズがぶっかかっているのだ。全く気持ち悪いことこの上ない。

好きな人の好きなものを自分も好きになる、とはよくある話だけれど、これは相当に悪趣味な嫌がらせとしか思えない。到底好きになれる筈もないし、なろうとも思わない。土方の味覚は最早地球人のそれではないのだから。



「俺なりの気遣いが分かんねェのか?こっちのがぜってー美味いって、それに華もある」

「どこをどう見たらそうなるんでィ。とうとう目も腐ってきやしたか」

「ったく。つべこべ言わず食ってみろよ、うめェから」



断固拒否の姿勢を崩さない沖田に、土方は漸く表情を緩めた。どうやら気分を落ち着かせるつもりらしい。俺は別に怒っているわけではないのだけれど。

小箱を脇に抱え、右腕を沖田に向けて伸ばす。そしてすっと指先を通し、甘栗色の髪をさするように柔らかく撫でた。土方は沖田がその動作が好きなことを知っている。だから沖田も隠すことはせずに、目を細めた。髪を撫でている時の、穏やかで優しげな土方の視線が、好きだった。


どことなく甘い雰囲気が漂ってきて、漸く沖田は土方と視線を交じり合わせた。土方にずっと見詰められていることには気付いていたのだ。



「ケーキ、ダメになっちまいやしたね」

「……悪ィな」

「それはもういいんでさァ。そもそも、山崎が買って来てくれてたし」

「はァ!??あんの野郎…っ!」



土方は眉間に皺を寄せ、悔しそうに唇を噛んだ。それは嫉妬なんですか、そう尋ねたい気持ちを堪えて、沖田はくすりと声を漏らして笑う。



「ねえ、それよりも、」


――あなたは代わりに何をくれるんです?



沖田は自身の唇につっと指先を添えると、笑みを濃くして意地の悪い表情をして見せた。用意された答えはひとつしかないことをさも愉快に思いながら。


一瞬目を見開いた土方だったが、すぐさまいつも通りの二枚目になって。髪から、頬へ。手のひらをなぞるようにして動かし、沖田の骨格を包み込んだ。ぼとりと小箱が床に落ちて、あられもない姿に成り果てたが気にも留めない。

熱い視線が絡まる、お互いに逸らすことはしない。そしてそのままゆっくりと両の瞳を閉じ、柔らかく愛おしい唇を啄んだ。沖田のそれに土方のそれが触れる度、次第に濃厚なものへと変わってゆく。



「――総悟…、」



苦しそうに息を吐き出せば、愛おしそうに名前を呼ぶ声。いつもよりも激しいキスに、頭も心もくらくらした。

朦朧とした意識の中、とろんと垂れた瞳で、土方の口許が言葉を紡ぐのを見た。おめでとう、それはそう言っていた気がする。沖田はふっと微笑むと、そのままもたれ掛かるようにして、土方に強く抱かれた。





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